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Il testimone...

人生朝露の如し 一日を大切に記していきます

[天皇] 天皇陛下76歳のお誕生日を迎えて

 天皇陛下が76歳のお誕生日を迎えられました。
 天皇陛下の発せられる言葉を国民がきちんと受け止めることで、天皇陛下が言葉に込めた切実な思いをくみ取ることが重要なことのように思います。
 
1.厳しい経済情勢

 <この1年を顧みて、まず思い起こされるのは、世界的な金融危機に端を発した我が国の厳しい経済情勢により、多くの人々が困難な状況に置かれたことでした。住む家を失った人々もあり、心の痛むことでした。>

2.新型インフルエンザの猛威

 <新型インフルエンザは秋になって患者数が増加し、来年がどのような状況になるのか案じられます。ワクチン接種などが進み、流行が抑えられることを期待しています。>

3.自然の猛威

 台風や洪水などの自然災害が猛威を振るっていることに思いなさっています。

4.裁判員制度の実施

 <今年の夏から、裁判員制度が実施されるようになりました。かつて昭和初期に我が国でも短期間陪審制度が行われたことは、戦後間もないころ、当時の穂積東宮大夫、後の最高裁判所判事から聞いたことがあります。
 しかし、この制度は日本にはなじまなかったということでした。
 この度の制度は、以前の陪審制度とは異なり、裁判官と一般の人が共に裁判に参加するという制度であり、今後の様子を期待を込めて見守りたいと思います。 >

5.カナダご訪問

 <7月には総督閣下の御招待により皇后と共にカナダを訪問しました。>
 <この度の訪問では、カナダが良好な環境を守り、この地に住む様々な民族を大切にしながら国を発展させている姿に接し、今日のカナダへの理解を深めることができました。私どもを温かく迎えてくださった総督閣下を始め、この訪問に心を寄せられたカナダの人々に心から謝意を表したく思います。>

6.陛下のご体調

 <昨年は12月初めに体調を崩し、静養期間の間に誕生日を迎えました。多くの人々が心配してくれたことを感謝しています。そのようなことから、今年は日程や行事の内容を少し軽くするようにして過ごしてきました。
 昨年12月の体調よりは良くなっていますので、来年も今年のように過ごし、皆に心配をかけないようにしたいと思っています。>

7.即位20周年、ご成婚50周年

 <本年は、私の即位から20年、私どもの結婚から50年という節目の年に当たりますが、4月の結婚50年に際して、また、11月の即位20年に際して、多くの人々から祝意を寄せられたことに深く感謝の意を表します。>

 ご感想の冒頭に、今年も「経済危機」に関する言及があったというのは、たいへん興味深く思います。
 陛下はそれだけ国民の生活が苦しくなっているということを心配されているのでしょう。「景気が悪いのはボクの責任じゃないもーん」と言って、何ら手当てをしようとしない政治家のかたがたは、責任を感じて欲しいものです。。

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  1. 2009/12/23(水) 13:27:53|
  2. 社会
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[憲法] 天皇を訴えて金員を支払わせることができるか

 先日、私は、ブログの中で「天皇陛下が超法規的地位にある」とするのは間違いであるが、天皇陛下に裁判権が及ばないという点では超法規的と言えないわけではない、と書きました。

 この点に関して、「そんなことどこに書いてあるんじゃ、ボケェ!」というメールをいただいたのですが、たしかに、憲法にはそのような規定はありません。

 せっかく興味をもってくださったのですから、ここに簡単にその根拠を示しておきたい、と思います。

 昭和63年(1988年)9月23日、当時の千葉県知事は、昭和天皇のご病気快癒を念願して県民記帳所を設置しました。
 その記帳所の設置にあたっては、千葉県の公金が支出されたのですが、千葉県のある住民が、この公金の支出は違法だ、と主張し、公金の支出の結果、昭和天皇は不当の利益を得たなどとして、昭和天皇の地位を相続された今上陛下に対して、不当利得返還請求権を行使しました(住民訴訟)。

 今考えると、よくも天皇陛下に「金を支払え」という訴訟を提起できたものだなあ、とおもうのですが、この問題に関して、最高裁平成元年11月20日第二小法廷判決は、次の通り判示して、上告を棄却しました。

<天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であることにかんがみ、天皇には民事裁判権が及ばないものと解するのが相当である。>

 この最高裁判決は、天皇陛下には民事裁判権が及ばないとした最初の判決です。

 どうせですから、民事の話だけでなく、刑事の話もしておくことにしましょう。

 皇室典範第21条 摂政は、その在任中、訴追されない。但し、これがため、訴追の権利は、害されない。

 この規定を見たことのある人はほとんどいらっしゃらないとおもいますが、皇室典範21条の規定を見ると、どうやら摂政に関して刑事責任を認めない趣旨の規定のように読めますね。
 とすると、21条の規定のとおり考えるならば、おそらく天皇陛下に関しても、刑事責任を認めない趣旨だと考えることができるでしょう。

 したがって、天皇陛下には刑事裁判権も及ばない、ということになりますね。
 

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  1. 2009/12/23(水) 00:49:41|
  2. 日本国憲法
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[天皇] 天皇と憲法

 いわゆる特例会見騒動以来、左右を問わず、ネットでは激しい憲法論争が起きています。

 しかし、その多くが、私からみれば、眉唾な憲法論であって、イデオロギー丸出しの無理な論議をしているだけのように見えます。

 天皇陛下は超法規的存在だの(裁判権が及ばないという意味で使ってるのなら別)、公的行為であれば、内閣は自由に天皇陛下に指示できるとか、もうめちゃくちゃな意見が平然と交わされています。

 さらに、主に左派系のブログに見られる意見としては、外国要人との会談は国事行為だ、憲法7条9号や10号に該当するんだなどと主張して、「小沢幹事長の憲法論は正しい」というのをよく目にします。
 ただ、私からすれば、こういった議論もまた不毛に見えます。

 確かに、外国要人との会談が国事行為に該当する、と解釈する学説はあります。だから、憲法学の一学説のことを言ったとするならば、あながち間違っている、と断ずることはできないのです。

 いっぽうで、外国要人との会談が公的行為であって、国事行為ではない、とする意見だって間違っていません。そういった学説はあるからです(まあ、おおかたは公的行為に含まれる、との解釈ですが)。

 だから、小沢の憲法論が間違っているとか、正しいとか、そういう意見は実益のないものと言わざるを得ません。

 憲法解釈に争いのある場合で、アカデミックな討論の場でないのであれば、基本的に最高裁判例を参照するか、政府見解かのどちらかによった上で、議論を進めるべきでしょう。

 もっとも、今回のような天皇陛下の外国要人との会談に関しては、最高裁判例はありません(そのようなことを判断する事件がそもそも起きないからです。)。

 私は確認していませんが、おそらく政府見解は、オーソドックスな公的行為説によっているのだろうと推測され、かつ、公的行為であれば「内閣の助言と承認」は不要、としているのでしょう。

 とはいうものの、その程度の議論しか固まっていないのですから、いずれにせよ、社会的にはあまり実益のない議論のようにおもいますね。

 何度も言いますが、議論の前に、憲法を読んで、憲法に欠陥がある、ということにも気づく必要があるでしょう。
 憲法の無謬性を盲信しているから、不毛な議論を繰り返すのです。

 そもそも、憲法は、天皇陛下の政治利用を認めています。

 その証拠に、憲法は、公的行為に関して明文の規定を用意せずにいますし、国事行為に関しては、「内閣の助言及び承認」という形で内閣が天皇陛下を政治利用する余地を認めています(「内閣の助言及び承認」とは、天皇の国事行為に関して内閣に実質的決定権がある、ということです。)。

 このジレンマを私のように欠陥と捉えるかどうかは議論があって良いでしょうが、そのままにしていいと思うか、そうすべきでない、とするのかは、いつか国民が選択するときがくると思います。
 もし憲法論議をしたいのであれば、改正を視野に入れて議論しなければ、けっきょくのところ、個人的な意見を表明するだけに終わることでしょう。

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  1. 2009/12/21(月) 20:19:19|
  2. 政治
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[メール] 特例会見について

匿名のメールが届きました(拙blogの右カラムからメールを送ることが可能です。)。
 返信先がありませんでしたし、辛辣なお叱りの内容でしたので、こちらに簡単にお返事だけしておきます。

 連日取り上げている、特例会見問題ですが、中曽根元首相が官邸に働き掛けたのではないか、とする話があるのは承知しています。ある人から聞きましたが、今週中に発売するある週刊誌も、中曽根氏の関与を指摘する報道をするそうです。

 そのことをもって、私のこれまでにしてきた指摘が的外れだとのことですが、仮に、小沢幹事長にせよ、中曽根元首相にせよ、内閣の構成員ではない以上、今回の特例措置は極めて不適切なものだと私は考えます。

 それに、彼等の働き掛けに呼応し、結果、政権は官房長官を通じて特例会見のセッティングをしたのは疑いようもない事実です。

 もしこれらを不当な働き掛けというのであれば、官房長官がこれに応じなければいいだけのことだったのです。

 それに、一番悪いのは羽毛田宮内庁長官だから、私のした指摘は的外れだ、とのことですが、今回、宮内庁は最低でも2回(外務省1回、官房長官1回)、要請を拒絶しています。
 それにもかかわらず、官房長官が、再度(しかも同日中に)電話により重ねてこれを要請したことから、しぶしぶ応じたのです。

 むろん羽毛田長官の過去の言動には望ましくないものもありましたが、今回の彼の対応は精一杯のところだったのかな、と善解しています。

 なお、憲法7条の国事行為の中に、本件の会見が当たらないことは同感ですが、だからといって天皇陛下の行為の結果について、内閣が責任を負わなくてもよいことにはなりません。
 天皇陛下が喜んで会見に応じられたから、結果オーライということは断じて言えません。
 天皇陛下に国政に関する権能が認められない以上、内閣は常に天皇陛下の行動に政治的責任を負うと考えるべきです。(このことは、憲法の標準的なテキストに書いてあることですから、一度お読みになるとよろしいかと存じます。)

 あと、今回の特例会見を批判した安倍元首相を馬鹿になさっていますが、安倍元首相が御嫌いなのは伝わりましたが、バイアスがかかりすぎていて、言っていることがよく分かりません。
(安倍元首相が統一協会の信者うんぬんといいますが、そもそも安倍元首相の家は天台宗ですよ…)

 それに加えて、同メールでは、次期国家主席と噂される人物と天皇陛下との会見を特例であっても認めることは、日本にとっても大きな意味を持つ、とされていましたが、私はこれにも反対の意見です。

 そもそも、先に来日した中国の国家副主席は、まだ国家主席ではないのです。もちろん「集金ペイ」(漢字が即座に出てこないので許してください。)は、中共の中でも輝かしい経歴、出自であり、エリートであることは間違いありませんが、現在の政治的序列は上から6番目に過ぎません。
 「喜びの中でお迎えしたい」などと鳩山首相は良く分からないことを言っていますが、百歩譲っても彼が国家主席になった後にそうすべきであって、いったいどんな妄想を膨らませているのだろう、とおもいますね。
 

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  1. 2009/12/16(水) 20:48:13|
  2. 政治
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[政治] 特例会見問題をめぐる小沢氏会見を見て

 私は、皇室と民主主義をユニークに掛け合わせた日本型立憲君主制はこれからもずっと維持し続けていくべきだと思っています。

 現代の象徴天皇制に関しては、賛否両論さまざまな立場から意見がなされていますけれども、私は今の天皇制が一番日本国にとって理想的だと思っています。

 だからこそ、天皇陛下と政治との距離は、一定程度に保たれるべきであって、天皇陛下に政治色を付けるべきではありません。ですから、国の大小・規模にかかわらず、定められたルール(それが法律ではなくても)に従って、天皇陛下を誰と面会させるかは極めて公平に取り扱われるべきです。これは、国民の総意であって、天皇陛下ご自身も望んでおられることだと思います。

 今になって、昨日行われた小沢一郎幹事長の記者会見を見ました。気になった部分を取り上げてみたいと思います。

<--習副主席の会見はいわゆる(1カ月前までに文書で正式に申請する)「30日ルール」にのっとらない形で行われるが
 「30日ルールって誰が作ったの? 法律で決まっているわけでも何でもないでしょ、んなもの。それはそれとして君は日本国憲法を読んでるかね? 天皇の行為はなんて書いてある?」>

 なお、「一ヶ月ルール」は、平成7(1995)年から続けられているそうです。平成7年というと、阪神大震災やオウム真理教による地下鉄サリン事件が起きた年ですね(てことは、村山内閣のときに作られたルールなのかな?)。

<「天皇陛下の国事行為は、国民の選んだ内閣の助言と承認で行われるんだよ。それが日本国憲法の理念であり本旨だ。何とかという宮内庁の役人(羽毛田信吾宮内庁長官)が、どうだこうだといったそうだが、日本国憲法、民主主義というものを理解していない人間の発言としか思えない。どうしても反対なら、辞表を提出した後にいうべきだ。当たり前でしょ、役人なんだもん」
 「天皇陛下のお体、体調がすぐれないというならば、それよりも優位性の低い行事はお休みになればいいことじゃないですか」>

 ここは、前回のエントリで取り上げた部分ですから、お読みになったかたは、「小沢もやるなあ~」と思うのではないでしょうか。
 小沢氏が指摘するのは、私が「日本国憲法のジレンマ」と言った部分です。天皇陛下の政治的権能の一切を奪った憲法ですが、内閣の助言と承認を受けて、天皇陛下が一定の政治的意味のある行為(公的行為)を行えてしまう、ということです。

 反駁したい気持ちもあるのですが、基本的に小沢氏の言うように、天皇陛下の国事行為は、基本的に内閣が決める、という点で間違いありません。
 小沢氏もその憲法的欠陥を知って、これをうまく使っているのでしょう(悪用とも言えますが。)。

 ただ、何点か細かいことを指摘すれば、<国民の選んだ内閣の助言と承認>という言い方は明らかな誤りです。
 国会(立法権)は、国民が選挙を通じて選んでいますが、内閣(行政権)のメンバーは、国民が選んでいるわけではありません。その証拠に、内閣の中には、民間人を登用することができるなど、国民の民意が直接的に反映されない面があります。

 それと、<日本国憲法、民主主義というものを理解していない人間の発言>というのもおかしいです。
 羽毛田長官の意見を認めることも、日本国憲法、民主主義の要請と言うべきであって、小沢氏のように、「文句が言いたいなら辞めてしまえ」というのは、民主主義の意味をちょっと誤解しているような気がしますね。

 日本の民主主義は、基本的に多元的な価値観を認めることからスタートするものです。
 小沢氏は、先日の訪中で民主主義がよく分からなくなっちゃったのかもしれませんね・・・

<--小沢氏が平野博文官房長官に陛下と習副主席の会見を要請したという報道がある。政治利用との指摘もある
 「天皇陛下の国事行為は内閣の助言と承認で行うことだ。それを政治利用だとかいったら天皇陛下、何もできないじゃない。内閣に助言も承認も求めないで、天皇陛下が勝手にやんの?」>

 小沢さんのような考え方をする憲法学者も結構いますが、やや憲法原理主義的な発想ですね。
 憲法に書いているんだから、何が悪い、と言いたいのでしょう。

 ここで、小沢さんに言って差し上げたいのは、「憲法論を持ち出す前に、第1条くらい読めよ」ということです。

 憲法第1条は、「天皇は日本国の象徴」であって、「国民統合の象徴」である、と書いてあります。
 つまり、天皇陛下は、「内閣」だけのものではない、ということです。天皇陛下のすべてを決めるのは「内閣」だと言わんばかりですが、小沢さんは、なんでしょう、「内務省」復活論者なんでしょうかねえ・・・

<--(官房長官に会見を要請した)という事実関係は
 「私が習近平副主席を天皇陛下とお会いさせるべきだとか、させるべきでないとか、というようなことを言った事実はありません!」>

 小沢氏は、今月9日に国会内で崔天凱・駐日中国大使と会談し、「何とかして習副主席が天皇陛下と会えるようにしてほしい」との要請を受けたため、小沢氏から平野官房長官に電話して、崔大使の要請を伝えたそうです(この程度のことは、ほとんどの新聞社が伝えている公知の事実です。)。

 小沢氏が何をやりたいのか、分からなくなってきました。政権を奪還した後、旧田中派の亡霊にでも取り憑かれちゃったのかしら(ため息)

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  1. 2009/12/15(火) 19:14:21|
  2. 政治
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