「体罰と犯罪」頭部への打撃4(東京高裁昭和56年4月1日判決)

 
            (2)A教諭の行為は、刑法で処罰され得る暴行罪の『暴行』に該当するか

東京高裁は、A教諭の行動の動機・目的を「教育上生活指導の一環としてその場で注意を与えよう」とすることにあった、と認めた上で、A教諭の行為が刑法上処罰されるだけの違法な「暴行」であったのか、検討を加えています。

少しテクニカルな話になるので、先に刑法の暴行罪について簡単に整理しておきます。

暴行罪という犯罪は、刑法208条に規定があります。

<暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。>

【暴行】とは、一般に、人の身体に対する不法な有形力(物理的な力)の行使をいいます。ex. 殴る、たたく、肩をつかむ、相手の体を抱きしめる等

上に見たように、【暴行】がカバーする領域というのは、かなり広いものですが、刑法は、それら【暴行】が正当化される余地(犯罪が成立しない【暴行】)も認めています。
たとえば、正当防衛で【暴行】を加えた場合、被害者の同意を得て【暴行】を加えた場合(ただし、同意=犯罪不成立というわけではありません。)、正当業務行為として【暴行】を加えた場合などがあります。

以上の理解を前提に、東京高裁の判決を続けます。

  ※ ※ ※

 「そこで、A教諭の行為が暴行罪にあたるか否かを検討してみると、その程度は、比較的小柄なV君に身長、体重共に勝つたA教諭の体格を考慮に入れても、はなはだ軽微なものといわなければならない。
  しかし、この程度の行為であつても、人の身体に対する有形力の行使であることに変わりはなく、その行為は、他に特段の事情が存在しない限り、有形力の不法な行使として暴行罪が成立する。」

  ※ ※ ※

  東京高裁は、A教諭の行為を<他に特段の事情が存在しない限り、有形力の不法な行使として暴行罪が成立する>としたものの、前の記事に書いたように、A教諭を無罪としています。
  それはいかなるロジックなのか。昨日の記事より書いている「学校教育法11条」が手がかりになります。

  すなわち、学校教育法11条は、

「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、…学生、生徒及び児童に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。」

と規定しています。

  この条文を素直に読めば、教師には、生徒に対して<懲戒を加える>権限があることがわかります。
  しかし、<体罰>に該当するようなものは、懲戒権の限界として許されない、と理解することができそうです。

  さて、この学校教育法11条の理解を踏まえて、東京高裁は、この教師の懲戒権について、次のように判示しています。

  ※ ※ ※

 「懲戒には、退学・停学及び訓告等の処分を行うこと、すなわち法律上の懲戒をすることのほか、当該学校に在学する生徒に対し教育目的を達成するための教育作用として一定の範囲内において法的効果を伴わない事実行為としての教育的措置を講ずること、すなわち事実行為としての懲戒を加えることをも含まれている」。

  ※ ※ ※

  つまり、懲戒権には、停学処分といった生徒の地位を(法的に)左右するようなものだけではなく、教師が事実行為として、(もう少しザックリ言うと)物理的な力を使って懲らしめることも認められている、というのです。

  その上で、東京高裁は、教師が事実行為として生徒を懲戒できることを前提に、その懲戒の目的は、<生徒の人間的成長を助けるために教育上の必要からなされる教育的処分と目すべきもので、教師の生徒に対する生活指導の手段の一つとして認められた>ものだとします。

  しかしここで注意しなければならないのは、東京高裁も、別に教師に暴力行為をもって生徒を教育せよ、とか、体罰に当たらなければ常に生徒に手をあげてもよい、と言っているわけではありません。

  生徒を懲戒する(懲らしめる)方法として、物理的な力(有形力の行使)が使えるとしても、やはり「口頭による説諭・訓戒・叱責が最も適当で、かつ、有効なやり方であることはいうまでもない」ということは認めています。
  さらに「有形力の行使は、そのやり方次第では往往にして、生徒の人間としての尊厳を損ない、精神的屈辱感を与え、ないしは、いたずらに反抗心だけを募らせ、自省作用による自発的人間形成の機会を奪うことになる虞れもあるので、教育上の懲戒の手段としては適切でない場合が多く、必要最小限度にとどめることが望ましいといわなければならない」と言っています。

  ですから、東京高裁としては、

・教師には、生徒に対する懲戒権がある。
・教師の懲戒権には、生徒に対する生活指導の一環としての事実行為も含まれる。
・教師が事実行為として懲戒権を行使できるとしても、有形力の行使(暴力など)は必要最小限にとどめるべきであって、まずは口頭による説諭・訓戒・叱責といった手段が最も適当である。

というのが基本的なスタンスであって、一部でいわれている本判決を含めた「裁判所は体罰を認めている」という言い方は誤り、といわなければなりません。

  以上の基本的な理解に立って、東京高裁は、教師が生徒に対して(教育として)手をあげることについて、次のように判示しています。

  ※ ※ ※

 「教師が生徒を励ましたり、注意したりする時に肩や背中などを軽くたたく程度の身体的接触(スキンシップ)による方法が、相互の親近感ないしは一体感を醸成させる効果をもたらすのと同様に、生徒の好ましからざる行状についてたしなめたり、警告したり、叱責したりする時に、単なる身体的接触よりもやや強度の外的刺激(有形力の行使)を生徒の身体に与えることが、注意事項のゆるがせにできない重大さを生徒に強く意識させると共に、教師の生活指導における毅然たる姿勢・考え方ないしは教育的熱意を相手方に感得させることになつて、教育上肝要な注意喚起行為ないしは覚醒行為として機能し、効果があることも明らかである」。
  教師が有形力(物理的力・肉体的力、強い外的刺激)を使うにあたっては、「単なる口頭の説教のみにとどまることなく、そのような方法・形態の懲戒によるだけでは微温的に過ぎて感銘力に欠け、生徒に訴える力に乏しいと認められる時は、教師は必要に応じ生徒に対し一定の限度内で有形力を行使することも許されてよい場合がある」。

  ※ ※ ※

  私個人も、中学時代に担任教師から「おい、元気出せよ!」などと言われて、首根っこをかなり強くつかまれて励まされたことがあります。
  裁判所のいう「やや強度の外的刺激」とは、まさにこのことでしょう。

  東京高裁が、教師が生徒に対して生活指導等をするにあたっては、口頭による注意が最も適当だとしながらも、こうした有形力の行使の教育的効果を積極的に認めるに至ったのは、
教師がそのような有形力の行使をいっさい使うことができなければ(=教師が生徒に触れることすらできなければ)、「教育内容はいたずらに硬直化し、血の通わない形式的なものに堕して、実効的な生きた教育活動が阻害され、ないしは不可能になるおそれがあることも、これまた否定することができない」という配慮があったからだと考えられます。

  ここまでの部分を見ていただければ、東京高裁が判示した有名な一文<いやしくも有形力の行使と見られる外形をもつた行為は学校教育上の懲戒行為としては一切許容されないとすることは、本来学校教育法の予想するところではない>の背景や基本的な考え方がおわかりいただけたのではないでしょうか。

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「体罰と犯罪」頭部への打撃1(東京高裁昭和56年4月1日判決)

 
            体罰事件をめぐって、ことさらリーディングケースとされるのが、東京高裁昭和56年4月1日判決である。
この東京高裁の判決は、「体罰」の限界を示す点で極めて意義深い。

いくらか長い判決なので、何回かに分けて判決を整理していきたい。ただ、できれば専門家だけではなく、一般の方にも読みやすく整理したいので、読みやすさを優先するため、正確に要約できていない部分があり得ることはご容赦いただきたい。
また、被告人となった教師や被害生徒のお名前も一部書籍等で明らかにはなっているが、ここで実名を明らかにすることは意味のないことと思うので、管理者のほうで改変を加えたい。

【東京高裁昭和56年4月1日判決】

(事案の概要)

暴行罪に問われた被告人A藤B子教諭は、当時市立中学校の保健体育と国語の担当教師で、3年1組の担任をしていた。当時40歳

被害生徒V君は、当時中学2年13歳
被害生徒は、ある日、(当初風疹脳炎を疑われたらしいが)原因不明の脳内出血で亡くなった。

被害生徒の母親は、生徒の友人から、死亡の8日前に行われた体力診断テストで、A藤教諭がV君の頭を数回殴打していた事実を知らされる
V君のご両親は、V君が亡くなる際に、当時入院していた病院の医師から、V君が「一ヶ月以内」に「頭を打ったこと」がなかったか聞かれていたらしい。
当時、ご両親に思い当たることがなかったそうだが、この級友の話を聞いたことから、A藤教諭による「体罰」を問題視し、同事件を警察に届け出た。

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