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Il testimone...

人生朝露の如し 一日を大切に記していきます

[政治]外国人が民主党の党員・サポーターになることができる件

 今日は,民主党が,在日外国人に党員資格を認めて,代表選における投票権を認めていることに関連して,各党の党員資格等を簡単に整理してみたいと思います。

 【民主党代表選】最大の争点は「親小沢」か「脱小沢」の選択(産経新聞)
 http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100901/plc1009011314014-n1.htm

 今回の代表選は国会議員412人に加え、地方議員2382人、34万2493人の党員・サポーターが参加する。民主党は在日外国人にも党員・サポーターになるのを認めている。“次期首相選”である同党代表選に外国人が投票するのは、「国民主権」をうたう憲法に反すると言わざるを得ない。


 産経新聞の主張が正しいかどうかは別として,確かに,在日外国人は,国政・地方共に参政権を有しないのに,事実上内閣総理大臣を決める代表選においては,投票する権利が付与されていることは,矛盾しているように思えますね。
 そこで,皆さんに考える判断材料をお示しするという観点から,各党の対応をまとめてみました。

 1.民主党
 民主党規約 第3条1 本党の党員は、本党の基本理念および政策に賛同する18歳以上の個人(在外邦人および在日の外国人を含む)で、入党手続きを経た者とする。

 2.自民党
 自民党党則第3条1 本党は、本党の目的に賛同する日本国民で、党則の定めるところにより忠実に義務を履行するとともに、国民大衆の奉仕者として積極的に党活動に参加するものをもって党員とする。

 3.公明党
 公明党規約第四条わが党の綱領及び規約を守り、その政策及び諸決議を実現するため党活動に参加しようとする十八歳以上の者は、国籍を問わず党員となることができる。

 4.みんなの党
 (党員)第3条 本党の党員は、本党の基本理念および政策に賛同する18歳以上の個人(日本国籍を有するものに限る。)で、入党手続きを経た者とする。

 5.日本共産党
 第四条 十八歳以上の日本国民で、党の綱領と規約を認める人は党員となることができる。党員は、党の組織にくわわって活動し、規定の党費を納める。

 6.社民党
 第4条〈党員資格〉1 本党の党員は、党員及び協力党員とし、本党の基本理念及び政策・党則に賛同する18歳以上で日本国籍を有する者及び18歳以上で、日本に3年以上定住する外国人で、入党手続きを経た者とする。

 意外なところでは,日本共産党が日本国民に党員資格を限定している点が注目されますね。
 そのほか,先の選挙で躍進したみんなの党自民党と同じく国籍要件を設けていました。

 外国人参政権を推進する党なのに,なぜ共産党は党員資格を日本国民に限定しているのでしょう?外国人参政権を反対する立場に対しては,ナショナリズムうんぬんと言っているのに,どうしてか気になります。
 

テーマ:民主党・菅直人政権 - ジャンル:政治・経済

  1. 2010/09/03(金) 00:27:56|
  2. 政治
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新たな憲法秩序に上手に取り込まれていった現行天皇制 - わたしたちの憲法を考える(4)天皇2

 久々に憲法に関するエントリを書いてみようと思います。

 以前,象徴天皇制と国民主権原理を明らかにした第1条について書きましたが,今回のエントリでも引き続き「天皇制」について書いていこうと思います。

 * * *

 天皇制廃止を迫った日本共産党

 当時の日本共産党は,天皇から国民に主権が移譲され,国民主権(人民主権・人民主義)を基調とする新憲法秩序の下では,天皇制は不要だと主張していました。
 1946(昭和21)年6月29日に発表した「日本共産党憲法草案」の前文では・・・

 <ここにわれらは、人民の間から選ばれた代表を通じて人民のための政治が行はれるところの人民共和政体の採択を宣言し、この憲法を決定するものである。
 天皇制はそれがどんな形をとらうとも、人民の民主主義体制とは絶対に相容れない。
 天皇制の廃止、寄生地主的土地所有制の廃絶と財閥的独占資本の解体、基本的人権の確立、人民の政治的自由の保障、人民の経済的福祉の擁護――これらに基調をおく本憲法こそ、日本人民の民主主義的発展と幸福の真の保障となるものである。>

 ・・・と明確に天皇制の廃止が盛り込まれています。

 * * *

 連合国側の要求に応える形での新たな天皇制

 『帝国憲法改正問題試案』という外務省の資料があります。日付は1945(昭和20)年10月11日。
 外務省条約局第一課長の田付氏が準備したもので,当時の条約局の改憲方針がまとめられています。

 その中で田付氏は憲法改正に関する連合国の対日姿勢・要求について次のように報告しています(一部読みやすい形に改めています)。

 ・<聯合國特に米國においては右憲法改正に當り民主主義的,平和主義的及合理主義的精神及制度に則り行はれることを要求>。

 ・<斯る憲法の改正の時期に關する聯合國特に米國の態度は明確ならざるも「国民の自由なる意思」に基く改正を希望>。

 連合国(主に米国)は日本側に,改正の内容が<民主主義的,平和主義的及合理主義的>なものでなければならないと迫る一方で,今回の憲法改正が連合国によって押しつけられたり,強制的に改正させられたものではない意思を明らかにするよう求めていました。

 この要請に応えるためには,まず天皇主権を採用している明治憲法を改正し,主権を天皇から国民に移譲させた「国民主権」を基調とする今の憲法の形にする必要がありました。

 ただし日本共産党のように天皇制を廃止するわけにはいきません。田付案にも次のとおり改憲方針が示されていました。

 <天皇制度は帝國肇國の大精にして本制度の除去は日本帝國の滅亡なり。如何なる事態に相遇するも本制度の維持確立は帝國存立の絶對的基盤と言ふべし。>

 しかし天皇制の維持が<存立の絶対的基盤>と言っても,単に帝国憲法における天皇制をそのまま改正案に組み込むのでは,連合国側の求める「民主化・合理化」という要請に応えられません。
 そこで天皇制を維持しつつも,連合国の要求に応える内容をもった改正案を模索することになります。

 田付氏は新たな天皇制のありかたについて,次のように提案しています。

 <従来天皇と國民との中間に存在する機關にして法律上責任を有せず而も國民とも何ら關係を有せざるもの相當存在し(例へば内大臣,枢密院の如し)之が爲機構の複雑化せる外國民の意思の上通を塞ぎ爲に立憲君主の政体はその本来の姿を損はるるに至れり>

 少し難解な文章ではありますが,簡単に言えば,民主化と天皇制を両立させるために,田付氏は,既存の天皇制を利用して特権的な地位を築いてきた内大臣府や枢密院のような機関を排することを提案するのです。

 * 次回に続きます。
  1. 2009/02/06(金) 21:51:17|
  2. 日本国憲法
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わたしたちの憲法を考える(3)天皇1

 今日は「第一章 天皇」です。

第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
Article I. The Emperor shall be the symbol of the State and of the Unity of the People, deriving his position from the sovereign will of the People, and from no other source.

(1) 現行憲法下の象徴天皇制以外に案はなかったのか

 GHQ草案を見ていただければ分かると思いますが,天皇に関する憲法の条項はほぼGHQ草案の通りに作られています。

 これだけを見ると,当時,GHQ草案をみなが支持していたように思えるかも知れません。
 しかしみながみな「象徴天皇制にしよう」と言っていたわけではありませんでした。

 他にどういった意見があったのかを簡単に見ていきます。

 当時(私が確認したのは昭和20年11月8日の時点)の日本共産党は<天皇制はそれがどんな形をとらうとも,人民の民主主義体制とは絶対に相容れない>と主張し,<天皇制の廃止,寄生地主的土地所有制の廃絶と財閥的独占資本の解体,基本的人権の確立,人民の政治的自由の保障,人民の経済的福祉の擁護>を特徴とする『日本人民共和国』の創設を主張していました。

 当時の社会党はどうだったのでしょうか。
 社会党が主張していたのは,天皇制の存続を前提に天皇に統治権の一部を付与する,というものでした。
 あのリベラル色の強かった社会党が「天皇に統治権を付与する」と聞いて驚いたかたもいるかもしれませんが,社会党内にも(今の民主党のように・笑)右派勢力と左派勢力の対立が起きていました。
 社会党の描いた「天皇制」の姿は保革対立のcompromise妥協の産物であったのです。


 つまり,社会党の主張は実際の社会党の主張するところの「統治権」の内容は,今の憲法が認める「国事行為」の範囲とほとんど変わらない点で革新的でしたが,「統治権」という言葉を使った点で保守的であったと統括できると思います。


 当時,自由党はどうだったのでしょうか。後に同党に所属していた鳩山一郎が「軍国主義者」としてGHQにより公職追放されたように,やや(旧憲法体制に対して)保守の色彩の強い主張をしていました。
 自由党は天皇を「統治権の総攬(そうらん)者」と位置付け,天皇の統治権の「行使」を認める主張をしたのが特徴的でした(旧憲法と同じ)。
 もっとも,これと同時に天皇大権の廃止を主張することで,改正の意義の強調もわすれませんでした。


 当時の自由党と並び,保守的な政党であった日本進歩党は次のような天皇制を主張しました。
 まず天皇に統治権を認め,天皇の有する立法権は「帝国議会の協賛」により,行政権は「内閣の輔弼(ほひつ)」を必要とし,司法権は裁判所に「託す」こととしました。つまり大日本帝国憲法における天皇制を擁護する主張でした。
 また,天皇大権の一部を認めた点で,自由党の主張よりもさらに保守色の強い主張をしたのも特徴的です。

 * * *

 歴史教科書の中では,まるで戦後の日本では「象徴天皇制」のみが国民に広く受け入れられていたという印象を持っている人がいるかもしれませんが,天皇の「統治権」に関して意見の鋭利な対立が見られていたことがお分かりになったと思います。
 旧憲法における天皇制を擁護したり,あるいは天皇制そのものを廃止すべきだとしたり,必ずしも新憲法における天皇制の姿は統一されていませんでした。


 もっとも,これら旧憲法の体制を擁護する勢力はことごとくGHQによって公職追放の対象になりました。進歩党に至っては所属議員の90%近くが「軍国主義者」として公職追放の対象となり,発言力を奪われました(所属議員約270人中250人?くらいが公職追放だったと記憶しています)。
 したがって,旧憲法における天皇制が維持される余地はほとんどなく,事実上GHQが提示した「象徴天皇制」が既定路線とされていた,と言っても間違いではないでしょう。
 だからといって,象徴天皇制が不当だと考えるわけではありません。今の憲法第一条が作られるまでには,いろいろな見解が存在しており,象徴天皇制という今の皇室の姿が全てであったというわけではなかった,と言いたいだけです。


 ちなみに,この公職追放は国内の保守派を一掃することに成功する一方で,(天皇制を防共の砦としようとした)GHQの思惑に反し,皮肉にもGHQが懼れていた革新勢力の台頭を招くことになります。。
 第一条に関してはまだ述べたい点がいくつかあるのですが,長くなるので,今回のエントリはここまでにいたします。

 

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  1. 2008/12/30(火) 21:20:00|
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