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Il testimone...

人生朝露の如し 一日を大切に記していきます

温情主義との決別を - 年越し派遣村

 TBSラジオ「アクセス」という番組で,田中康夫氏が次のように述べていました。
 以下は,実際に田中氏が述べられたことと完全に一致するかは自信がありませんが,可能な限りご本人が述べられた言葉のとおりメモしたつもりです。

 年越し派遣村。12月31日の日に日比谷公園で湯浅誠さんが行ってんだけど,私も一緒に手伝って,で,そのときに,いや,こういうことがあるのが異常なんで,あの,次の年の暮れにはこういうことがないようにしたいね,っていう挨拶をして。

 一緒にテントを貼るのを手伝っているときに,若い人たちも来て手伝っているときに,「おい!テントの張り,もっとこうやって広げんだよ,こうやんだよっ」って言っているオジサンたちが三,四人いるんですよ。

 で,私はその背後にいるプロ労働組合活動家のオジサマなのかな,と思ってたの。
 そしたら,実はその人たちは,いわゆる企業から突然クビ切られたとかではなくて,日々,まあ,ハンバの様な仕事をしていて,で,そのときは,聞きつけて「どうも日比谷公園に行くとメシが食えるらしいぞ」って言って来た人だったのよ。

 でも,その人達も早くメシが食いたいから「俺も手伝ってやるぞ,テントの張り方ならOKだ」って言ってやってくれる・・・のではなくて,その人達はそう言ってただ見てるわけ。
 この人達は,当然,「俺達は虐げられているんだから,お前ら若造のなんかボランティアで来た奴らが,田中も含めて,おい張れよ」って感じなのね。

 で,午後になったら,共産党の志井委員長ってのがきて,「ふんふん,素晴らしい具合だなあ」って言って,「こういうことがあってはいかん」ってお帰りになったらしいんだけども・・・

 で,まあ,そのときに湯浅誠さんが思い描いている年越し派遣村とは違うような形に,その彼や彼の周りの純粋な思いとは違う形でどんどん歯車が動いて言ってしまう気がして,私は違和感を感じたんですね。

 そして,今日になってみると,鈴木宗男さん,そのほかの野党の人たちがみんな集まって,真面目な顔をしてその人達の話を聞く。
 そして,私たちは生活保護の申請をします,って言っている。

 でも私は生活保護をするのが悪いと言うわけではなくて,やはり働くチャンス,人々に公正な,私は社会的な公正と経済的自由を同時に達成すると言っています。
 でも,民主党の人たちは公平って言っているんですよ。
 でも,ボクは公正と公平って違う気がするのね。

 そしてその生活保護を受けるということ,を本当に困窮して,あるいは,本当に身体が不自由で,というわけではない形だと,それが多重債務のなかで自己破産すればマイペンライですよ,っていう弁護士の人たちがそういうことを言う人がいて,多重債務を自己破産していった人と同じような具合が来てしようがない。

 私のメモが分かりにくかったので,文章も分かりにくくなってすいません。
 ただ田中康夫氏の仰りたいことはなんとなく分かるんじゃないでしょうか。

 私は田中康夫氏を全面的に支持するつもりはありません。彼の言うことを全て正しいなんて思ったことはありません。
 しかし彼のいう「公平」と「公正」は違う,との意見には従来から大賛成でして,最近の日本ではどうもこの違いが分かっていないような人たちがやれ「公平」だと口うるさく言っているように感じられるのです。

 * * *

 コレに関連して少し気になっていることがあります。
 新自由主義を批判している論者の一部に見られる傾向なんですが,日本国内に広がる自己責任論を否定した上で,それを労働者の責任がないことの根拠に用いている人たちが増えている,ということです。
 つまり会社から解雇された者には責任はない。全て雇用者が悪いんだ,という人たちです。まるで「社畜くそったれ」「フリーター万歳」の時代が戻ってきたかのようです(笑)。

 私は自己責任論を盲信するつもりは一切ありませんし,そのことは私がネオリベラリストでない一つの証明でもあると思うんですが,私は時には労働者の責任を認める,あるいは,企業の責任を認めない場合もあって然りだと思っています。

 自己責任(遠巻きに言えば資本主義における「自助の原則」)を一切否定した上で,労働者の責任を一切認めず,企業の責任のみ追及するその姿勢は,私の目にはまるでマルキストが独占資本論を語っているかのように映ります。
(ただ私がよくやっている左右のイデオロギー批判も,元はといえばマルキストがよくやることなんですけどね・汗)

 今年はなんとなく,ワーキングシェアとか,ベーシックインカムだとかが流行語になりそうな予感がしてきました。
  1. 2009/01/14(水) 16:45:55|
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弱者救済が不公平な一語に転化するとき - 派遣村に関する一連の行政の対応に関して

 <「住まいを」「働きたい」…派遣村から再出発への一歩>
 http://www.asahi.com/special/08016/TKY200901090306.html

 みなさんは「派遣村」というものをご存じでしょうか。
 ネット上では「派遣村」に関して賛否両論あるように思われますが,私個人としては基本的に支持してきました。
 もちろん一部で言われているように,「派遣村」の中には「派遣切り」の対象ではない人も含まれているようではありますが,一つのパフォーマンスとしては有効適切なものであって,問題はないと思っていました(一部行きすぎの点はありますが)。

 しかし私はこの朝日新聞の記事を見て,目を疑ったのです。
 

■250人に生活保護
 「派遣村」を出た元派遣労働者ら約250人に対し、東京都千代田区や練馬区などは9日までに、生活保護費の支給を決めた。

 「やけに支給決定が早いなあ」と思っていますと,次のような一文に目が留まります。

 通常は申請から決定まで2週間程度かかるが、千代田区は資産や親族の調査などは後回しにして支給を急いだという。

 いったいぜんたいどういった理由なのか,といいますと,朝日新聞は次のように報ずるのです。

 一斉に支給を決めた理由について、厚生労働省社会・援護局は「特定地域で大量の人がほぼ同時に保護申請したことや、入居施設の使用期限があるなど特別な事情があったため、集中的かつ優先的に支給した」と説明している。

  <特定地域で大量の人がほぼ同時に保護申請したことや、入居施設の使用期限があるなど特別な事情があった>??
 これは問題ではないでしょうか。
 生活保護を受けたいと望む者が一定の地域に押しかけ,集団的に保護申請すれば認められやすくなる,という前例を作ってしまったに外なりません。
 
 麻生政権下では,法治国家とは思えないことがまかり通っているように思われます。

 定額給付金だってそうです。法律の根拠があるわけではないのに,高額所得者に「遠慮」を求めている。法治国家ではあり得ないことです。

 恐ろしいのは,マスメディアがこの異常さに気づいていないということです。
 上の朝日新聞もそうです。千代田区の生活保護に関して,朝日新聞は無批判にこれを書いていますが,記者らは<特定地域で大量の人がほぼ同時に保護申請したことや、入居施設の使用期限があるなど特別な事情があった>ことにまず疑問を感ずべきでしょう。

 * * *

 結局,朝日新聞がここまで無批判に報ずるのは,派遣切り,貧困や格差といった問題をイデオロギーの問題として捉えているから,だと言えます。

 しかしこういうときだからこそ,われわれはイデオロギーを排して,冷静に事態を見つめなければなりません。

 もちろん「派遣村」に対して「かわいそうな人たちが集まっている」とセンセーショナルに捉えることが間違っているとは言いません。

 しかし先日,お正月に会った90歳を過ぎた祖父が言っていました。
 「働きたい人は職安に行ったらいいのに,なんで行かないのかね?」「なんでここにいる人は(カメラに)顔を出さないのかね?」。

 イデオロジカルなものを排して冷静に考えてみれば,昨日まで働いていた人たちが今日は生活保護を受け取っていることのおかしさに,そして,その背景にそういう人たちを「利用」しようとするイデオローグ(イデオロギーに凝り固まった人のこと)の存在に気づけるハズです。

 私たちは今一度,派遣切り,貧困,格差といった問題をイデオロギーの問題として捉えるのではなく,右派も左派も関係なく,一人の国民として問題解消のための知恵を絞るべきだと感じました。
 
  1. 2009/01/10(土) 12:54:51|
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