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Il testimone...

人生朝露の如し 一日を大切に記していきます

伊勢神宮への参拝に対してなぜ「政教一致」との批判をしないのか

 

伊勢参拝の福田首相「国民の幸せ祈った」
1月4日19時59分配信 産経新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080104-00000941-san-pol
 福田康夫首相は4日、若林正俊農水相や増田寛也総務相らとともに、三重県伊勢市の伊勢神宮を参拝し、この1年の国家安泰を祈願した。
(中略)
 一方、民主党の小沢一郎代表も同日、同党議員らと伊勢神宮を参拝した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080104-00000941-san-pol

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 なぜ抗議しない?

 こんなことを言うと、多方面から怒られてしまいそうだが、なぜ首相・閣僚のみならず、国会議員の靖国神社参拝に反対する議員・国民は、これに抗議しないのか、はなはだ疑問だ。

 とある議員は、首相の靖国神社参拝は「政教分離違反」であると主張した。

 そうであるならば、伊勢神宮参拝も「政教分離違反」ではないのか?靖国参拝反対の議員は、私的であろうが、公的であろうが、公金の支出がなくても、「政教分離違反」としてきたはずだ。

 ならば、靖国参拝と同じように抗議しなければならないだろう。

 このように言うと、たいていは伊勢神宮は歴史があるが、靖国神社はA級戦犯が祀られているし、歴史が浅いから、別格なんだ~云々と反論を受けることがある。わたしもその一人だ。いつも歴史的価値の違い、祭神の違いを理由に反論を受ける。だから、伊勢神宮には参拝してもかまわないんだ・・・と言われる。
 だが、歴史の深さだけで、宗教の価値が決められるものなのだろうか?そんなこと言った瞬間に、新興宗教の全否定につながるのではないか??わたしは、あらゆる新興宗教を一刀両断に否定することは好きではない。

 それはさておき、もしこれに抗議しないのだとすれば、神社参拝行為を世俗的行為として認容しなければならない。
 もし、これで靖国神社参拝のみ、ことさら反対するのならば、靖国神社およびその信者の信教の自由を奪うものと言わなければなるまい(先に述べたように、祭神に戦犯がいるからといって、その宗教的価値を否定してはならない。それこそ専制国家まっしぐらな考えだ)。

 わたし個人は仏教徒と無宗教の中間みたいな意識でいるが(日本人のおおかたの意識もこのようなものではなかろうか?)、わたしにとって神社参拝は世俗行為のように感じられる(すなわち、宗教的行為ではない)。
 生活の一部として、初詣に行く。お寺にもいくし、神社にも行く。今年も友人と一緒に初詣に行っている(ちなみに、その友人は創価学会の信者だから面白い)。

 天皇制に反対し、常々天皇の戦争責任を主張する人たちが、明治天皇を祭神とする明治神宮に初詣に行くように、それだけ、日本人にとって、神社への参拝行為というものは世俗化している、のではないか。

 こういった(靖国参拝に反対する)一貫しない国会議員の姿が、なんとなく純粋ではないような気がしてくるのだ。だから、靖国神社に参拝することに反対するのは、純に憲法を護るためではなく、近隣諸国のため、というような印象を受けてしまう。それに、A級戦犯がいるからダメってなんだろう?B級戦犯なら許されるのだろうか?そもそも、中にはA級戦犯の意味すら知らないで反対する者もいるから、どうも奇妙にうつる。
 もし、反対するのならば、一貫して反対すべきだろう(ちなみに、わたしにとって、死刑廃止論者が、死刑判決が出ても抗議しないのに、死刑執行には抗議するのも彼らと同じようにうつってしまう)。

 それはともかく、
 首相は参拝後、記者団に「五穀豊穣(ほうじょう)、国運伸長とあわせて国民みなさんの幸せを祈った」と語った。

というが、願うことも大切なことだが、政治家たる首相には行動で示していただきたいものだ。
 先の薬害肝炎訴訟事件のような対応はもうして欲しくない。

 福田首相も、民主党の小沢代表も、国民の幸福のために、政治家としての責任を全うして欲しい。
 

テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済

  1. 2008/01/05(土) 01:31:27|
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