|
別窓 |
|
|
|
<防衛省、新型クラスター爆弾調達へ…禁止条約の対象外>[読売新聞]
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20080621-OYT1T00830.htm 結果として皆さんが予想された通りの結果になった。 先日,禁止条約に賛成したことで,我が国ではクラスター爆弾廃棄のために200億円以上の費用がかかるとされている(防衛省発表)。 これを許すかどうかはそれぞれ意見に違いがあるかもしれない。そこまで「非人道的な兵器」(村尾信尚氏)なのだから,コストがかかってでも廃棄するべきだという声があるのも承知している。 だが,いずれにしても,新型クラスター爆弾は規制の対象外となった事実から目を遠ざけてはならない。 悲しくも,クラスター爆弾禁止を主張していた国内のリベラルはもはやこの一件を忘れてしまっている。いくつかのリベラル(平和なんちゃらと名乗っている人たち)のブログを見たが,今回の新型クラスター爆弾の調達決定についてはスルーされてしまっている。 彼らが望んだのはこういう結果だったのか。 彼らの論調は新型クラスター爆弾を含めて全面禁止だったのは間違いない。もちろん,その中には,新型クラスター爆弾は規制の対象外とされている事実を知らない人もいたようだが,彼らは基本的に非人道性よりも<軍縮>の一点で禁止条約に賛成している節があったからだ。 残念ながら,結果として,私たちは新型を税金で調達する羽目になった。 廃棄にも費用がかかるから,二重の負担を強いられる結果となり,莫大な税金がつぎ込まれてしまうこととなる。 私は平和を希求することは大切なことだと思うし,戦争を起こさないためには過去の戦争の歴史を反省することも必要不可欠なことだと思う。そこまでは否定するつもりはない。 しかし,リベラルの中で欠如しているのは,どういったプロセスを経て戦争というものが起きるのか,という視点だ。 近代国家において,国家は人殺しがしたいだけで戦争を起こすようなことはしない。 イラク戦争でブッシュ大統領が<justice>という言葉を何回も使っていたが,あれはあくまでタテマエでしかない(もっとも国際法秩序の中で<justice>という概念は戦争が起きてから用いられることがある。例えば,非戦闘員をどのように保護するか,捕虜兵をどのように扱うか,といったところで<正義>の概念が用いられる)。 近代の戦争は背景に大資本や軍産複合体(*)の存在がある。分かりにくければ,それらを<戦争利権>(適当かな??汗)と言っていただいて構わない。 * <Military-industrial complex>のことです。 日本がわざわざ保有していた旧型を廃棄してまで新型クラスターに切り替えることによって,誰が喜ぶのか。 結果としての戦争ではなく,戦争に至る過程をよく見なければならない。 |
|
急激に北朝鮮との距離が縮んでいる日本。
拉致問題も前進したかのような報道が続いています。友人も<何人か帰ってくんじゃねえ?>と言っています(汗)。 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080613-00000986-san-soci <北朝鮮も拉致再調査を発表=中央通信>(時事通信) http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2008061300824 <対北朝鮮制裁措置を一部解除する=町村官房長官>(朝日新聞) http://www.asahi.com/international/reuters/RTR200806130100.html 何者かの意思により日本が一定の方向へと導かれているような,そんな印象を受けませんか? <(1)人的往来の規制解除(2)チャーター便の規制解除(3)人道的支援関連物資を輸送する目的での北朝鮮船舶の入港許可>など,日本政府はかなり踏み込んだ制裁緩和を決めています。 これまでの政府方針を転換したものと考えてよいでしょう。。 この政府方針の転換に対する反応を見てみましょう。 http://tuf.co.jp/i/news/mori/Auto/200806131859266.htm(テレビュー福島) 「拉致問題について再調査するというのもいい展開だと思います。どういうものを北朝鮮側が出してくるかということはまた別の問題で、あまり楽観できないと思います。福田外交の一つの実績のスタートじゃないかと思います」(自民党 加藤紘一 元幹事長)(保守と呼ばれる平沼氏ですら一連の動向に一定の評価付けをおこなっているのは驚きです。) <安倍氏「経済制裁見直し論 百害あって一利なし」> http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/080612/stt0806121924005-n1.htm (この件に関しては,安倍前首相の言うことはもっともだと思う。) なにやら先日から,各所でどうもおかしい動きが広がっているようなのです。 (一) 拉致問題発覚以降下火になっていた親北派の議員たちが集まって,日朝国交正常化推進議員連盟(山崎拓会長)が設立。 http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2008/05/0805j0526-00001.htm(朝鮮新報) (二)加藤元幹事長と森元首相が和解 http://mainichi.jp/select/seiji/news/20080610ddm005010020000c.html(毎日新聞) 犬猿の仲と言われた2人がこの時期に<和解>ってどうもおかしくないだろうか・・・ (三)レアメタルの高騰 <四川大地震から1週間 レアメタル供給不安 復興で資源高騰も懸念> http://www.business-i.jp/news/sou-page/news/200805200042a.nwc 戦前も日本は北朝鮮にある鉱物資源に注目していた。北朝鮮にあるレアメタル利権を狙う勢力があってもおかしくない。 (四)与野党が北朝鮮への制裁解除で一致する妙 <「国民は拉致問題に拉致られている」 民主、岩國氏が発言> http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/080521/stt0805210022000-n1.htm (五)米国の奇妙なパフォーマンス <プーチン大統領「北朝鮮許せない」 拉致問題に“激怒” 日露首脳会談> http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/080429/plc0804290111000-n1.htm どう考えてもブッシュはやっていることと言っていることが違っている。日本向けのパフォーマンスに過ぎないと考えるべきだと思う。 私たち国民は表向き喜ばしいことがほうじられても,それに踊らされないことが大切です。 そういったときにメディアリテラシーが生きてくると思うのです。 今の名目化した首相の下で,親北派がやりたい放題の状態です。 問責決議の裏で,与野党が妙に北朝鮮で一致している時点でおかしいではありませんか。 私たちは政治家の思惑に騙されないようにしなければいけません。厳しく監視していきましょう。 |
|
<首相問責決議案、参院に提出 民主>
http://www.asahi.com/politics/update/0611/TKY200806110141.html 産経新聞では,問責決議のことを<伝家の宝刀>と呼んでいましたが,そこまで大それたものではないとは思っています。 しかしながら,参院で問責決議案を提出したこと自体は評価できます。 私は以前,野党の提出した後期高齢者医療制度廃止法案には賛成できないとしました。そもそも廃止する気がないのは明らかでしたから,沖縄の選挙を意識したことが見え見えだったからです。そこまで政争の具にしなくてもよいだろうと思ったのです。 でも,今回の問責決議とセットで考えると一応の合理性はあったことになりますね。問責決議の名目を得るためには提出されたのだとすれば,廃止法案も納得できないわけではありません。その点は訂正したいと思います。 (ただ暫定税率にしろ,年金にしろ,問責のタテマエはあったので,必ずしも廃止法案による必要はなかったとは思うのですが・・・) 但し問責決議は<伝家の宝刀>と呼べるほどの強力な効果を持つものではありません。 内閣不信任決議権のない参議院にせいぜい認められている不信任決議類似の制度だと考えても結構です。憲法に規定があるわけではありません。 したがって,問責それ自体に法的拘束力はありません。政治的実体レベルでのソフトな拘束力があるだけです。 与党はこれをシカトすることもできますし,憲法上の根拠がある信任決議を可決して,問責決議の意味を失わせようとする可能性もあります。 私はこの問責決議を実効性あるものとするならば,特定の大臣の罷免を要求するか,首相自らおやめになることを求めるか,いずれにしても<辞めろ>とハッキリとしたメッセージを粘っこく送り続けることが大切だと思われます。 これに対して,与党は無視する構えのようです。<野党は対話する気はない>と与党議員は言い張るでしょう。 この強かさに屈服しないよう,野党には辛抱強い<抵抗>(←左翼みたい。笑)を続けて欲しいものです。 最後にバランスをとるためにも,一つ民主党に苦言を申したい。 私は提出するのは正しいと思うけど,時期がおかしいと思う。 だって,これのせいで党首討論が取りやめになってしまったじゃないですか。 首相を追い込むための手段は何も問責だけじゃない。党首討論だって立派な責任追及のための機会です。 党首討論という貴重な機会を,自ら放棄した理由が全く理解できません。 <小沢は逃げた>という間違ったメッセージを伝えることになりかねませんよ。 (辞職相当の首相と討論する価値はない・・・という意味でしょうか?汗) いずれにしても党首討論の件に関して,代表は国民に対して説明すべき義務があると思っています。 |
|
皆さん,野党のこの動きをどう評価しますか?
ーーーーー <後期医療制度の廃止法案を提出 野党> 5月24日8時1分配信 産経新聞 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080524-00000071-san-pol
この動きに関して,新聞各社は野党の読みに反して批判的だ。 <後期高齢者医療制度:野党が廃止法案 対案なく攻め手欠き 与党もジレンマ> http://mainichi.jp/select/science/news/20080524ddm002010095000c.html <民主党など野党4党が23日、後期高齢者医療制度廃止法案を参院に提出したことで、制度の是非を巡って与野党が国会で論戦する環境は整った。ただ、野党は廃止後の対案を示せず、攻めの材料を欠くのも事実。制度の維持にこだわる政府・与党は、世論の批判に配慮しつつ、運用の見直しで押し切る構えだ。> 新聞各社はどこも基本的には「廃止ばかり言っていても対案示せなければ無意味」と野党を批判するとともに,与党も「天引き対象となる年金収入の基準を引き下げよ」と忠告する立場をとっている。 野党は,当初は後期高齢者医療制度について対案を出すということを検討していたらしいが,<「とにかく早く参院に提出して可決し、衆院に送付するのが最優先だ」(民主党国対幹部)>(読売新聞)として,廃止のみをその内容とする法案を提出することとした。 <選挙対策法案>と指摘する声が出てもおかしくないのではないか。 この廃止法案は明らかに自民党の支持層である高齢者を取り込むことを意図するのみで,特に深慮遠望(長期的展望をもって深く考慮すること)なく作られたと言って良いのではないか。 私は野党がポピュリズムに走ることは決して悪いとは思わない。野党にしてみれば必要やむを得ない演出だからだ。 しかしながら,この動きは許容範囲を超え,支持できない。 高齢者に関する制度を<政争の具>としていると批判されてもやむを得ないのではないか(小沢一郎個人はこの動きをどう思っているのだろう・・・)。 民主党の鳩山幹事長は<この廃止法案は野党4党が一致して提出したことに意味がある>と述べている。 だが,国民のどこに野党が共闘することを期待する者がいるのだろう。 民主党に求められているのは政府与党を抑制できるだけの「自立」であって,前の参議院選挙で何のために国民が民主党に多数の議席を委ねたのか,その根本が理解できていないようだ。 ここで新聞各紙の社説を簡単に見ておきたい。 <後期高齢者医療 混乱を増すだけの廃止法案(5月24日付・読売社説)> http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20080523-OYT1T00833.htm <後期高齢者医療制度はその呼称を含め、配慮を欠く面が目立つ。不備や欠陥など問題点が多いことも確かだ。 しかし、新制度のすべてを否定して白紙に戻すというのは、混乱をさらに広げ、長引かせるだけだろう。 野党4党が後期高齢者医療制度の廃止法案を参院に提出した。ところが、新制度を撤廃した後にどうするのか、対案がない。とりあえず、従来の老人保健制度を復活させるという。これでは、あまりにも無責任ではないか。> <高齢者医療―「廃止」の怒りも分かるが> http://www.asahi.com/paper/editorial20080524.html <制度を「元に戻せ」と言うだけでは、問題は解決しない。 老人保健制度に戻れば、多くのお年寄りは市町村の運営する国民健康保険に再び入ることになる。今後、お年寄りが増えた時に、いまでも厳しい国保の財政が維持できるとは思えない。 後期高齢者医療制度も老人保健制度も、お年寄りの医療費を会社員の健康保険組合や国保の保険料と税金で支えることに変わりはない。だが、老人保健制度では、お年寄りの保険料も現役世代の保険料もまぜこぜで、だれがどう負担しているのかが分かりづらかった。現役世代の負担が際限なく膨らみかねないという不満もあった。 こうしたあいまいな点をはっきりさせておこうというのが新制度だ。> 野党にとって朝日新聞の社説にまで批判されるとは思わなかっただろう。空気を読み違えたのではないか。 朝日新聞の社説でもチラッと触れられているように,民主党には民主党なりの考えがあったハズだ。医療制度に関する独自の考えを対案として提示すべきだった。 自民党を支持してきた良質の保守も正直言って福田内閣を今度も支持して良いか迷いがあるのは事実だと思う。 (中には平沼新党に期待する人もいるが)彼らはダメになった自民党に見切りを付けて民主党を支持したいと内心は思っている(特に旧保守と呼ばれる人々は自民党が公明党と連立を組んだときから自民党への不信感を持ち始めている)。 ただし民主党への支持を決定づける確固たるファクターがなく,その多くが民主党の実行力(政権担当能力)に懸念を抱いている。 私個人は「やらせてみないと分からない」という立場なので,それほど担当能力に関して気にしてはいないけれども,これらの懸念を払拭するためにも,民主党には対案路線をとって正攻法で政府与党と戦って欲しい。 ーーーーー P.S. しばらく更新できないと言っておいて,さっそく更新しました(笑) |
|
<裁判員制度施行まで一年、最高裁長官「理解得るため全力」>(日経)
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20080502AT1G0202602052008.html
実は,わたしは裁判員制度に反対です。 最近の反対論者は光市母子殺害事件と関連づけられて厳罰化に繋がるとして反発しているようですが,私はそのような反対論に与しません。 なぜなら<やってみないと分からない>からです。 それでも私は反対なのです。 いかなる場合に裁判員となることを辞退できるのかまず分からないですし,お勤めをされている方にとって,裁判員として数日を拘束されることで生じるリスクはあまりにも大きいものです。 ちなみに前者の辞退についてですが,最高裁としてはこんなケースが辞退できるよ〜としているのですが,まったくもって基準が不明確です。
また一人の国民に悲惨事件と間近に触れさせる意味が果たしてあるのか,ということも疑問です。 もちろん裁判員も裁判官と同じような役割を負うのですから,悲惨事件の審理を担当します。 量刑の妥当性判断にも関わりますし,審理の中で遺体の写真も当然見ることがあります。専門的知識も不十分な裁判員は職業裁判官に比して精神的な苦痛も大きいことでしょう。 これに対して,最高裁は精神的ショックを受けた裁判員への「心のケア」を考えるとしていますが,事実認定や量刑の妥当性について語ることも禁止されている裁判員に対して,どう心理療法士が関わるのか極めて疑問です。 だって心理療法士が精神的な苦しみを理解したくても,裁判員は何があったのか言えないのです。それで果たして適切なケアができると言うのでしょうか。 理由は他にもありますが,私は裁判員制度に反対しているとはいえ,もちろん司法が国民に開かれることまでは否定するつもりはありません。 光市母子殺害事件の本村さんが仰るように,少し前までは被害者が刑事訴訟に関わることがほとんどできなかったし,まだまだ被害者の法的地位は軽視されているのが現実だと思います。 だから被害者をどう訴訟に参加させていくか,ということの検討は必要不可欠だと思いますし,国民の司法参加の前にまずは被害者の法的地位の向上を先決させるべきとも思います。 ですが,なにも重大事件について一国民を裁判に参与させる必要がどこにあるのでしょうか。 仮に裁判員制度を肯定したとしても,対象を重大事件にする必要はないのです。 国民の司法参加のためを思うならば,より世間にとって身近なものである窃盗事件などを対象にすべきなんです。 こういう軽微な事案のほうが,国民も量刑を決しやすいし,量刑を決める上でも心理的負担は軽くて済みます。 うーん。それでも裁判員制度を反対しているのは3割止まりなんですよね・・・ どうなんだろう・・・ ただ<参加したいか><参加したくないか>の前に,どんな制度かを一度調べてみるべき必要も感じています。 ーーーーー コメントのお返しが遅れていてすいません!! あといつの間に4万アクセス突破でございます(涙)。 最初は1万アクセスを突破したら,ブログを閉鎖するつもりだったんで,もう十分満足です♪(笑)。 |
|
| Il testimone... |
NEXT≫
|