人生朝露の如し 一日を大切に記していきます
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                              2008/08/21 02:05
  
       
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◎グリーンピース鯨肉窃盗 - 正当な業務行為として正当化されるか
                              2008/06/20 18:30法律
  
グリーンピース部長 鯨肉窃盗罪「成立せぬ」 開き直り、専門家は「犯罪」 
6月20日16時21分配信 産経新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080620-00000106-san-soci

 反捕鯨を標榜し、日本の調査捕鯨船に対する妨害行為を繰り返す世界各地の環境保護団体。「グリーンピース・ジャパン」の今回の行為について、逮捕された海洋生態系問題担当部長、佐藤潤一容疑者(31)は「窃盗ではない」などと正当性の主張を繰り返してきたが、法の専門家らからは「窃盗罪に当たる」という厳しい見解も。告発のために宅配荷物を勝手に取り込んだ行為を「やむを得なかった」と開き直る姿勢が、裁かれることになった。

 私は個人的に逮捕は当然であり,グリーンピースもやるなら公判で徹底的に戦って欲しいと思っています。場合によっては裁判所の新たな判断が下される可能性もないわけではありません。

佐藤容疑者は逮捕前に取材に応じ、荷物を持ち出した行為について「不法領得の意思はなかったので、窃盗罪は成立しないと考える」などと話し、「悪いことだが、捕鯨船員の横領行為を世間に訴えるべきだと思った」と説明した。

 彼が言うとおり,窃盗罪は不法領得の意思がなければ成立しないと解されています。

 その不法領得の意思については,あらゆる学説がありますが,一般的に<物の本来的用法に従って利用処分する意思>と<権利者を排除し所有者として振る舞う意思>がなければならないとされています。

 今回,グリーンピース側の主張としては<証拠収集の目的があった>とのことですから,<物の本来的用法に従って利用処分する意思>が認められないと解されそうですが,後者の意思はどうも否定することが難しそうではあります。

 また,私は未確認ですが,グリーンピース側が奪った「鯨肉を食した」という情報があります。
 もしそれが本当ならば,グリーンピース側としては不利益に認定されかねない情報ですね。。
 純然たる証拠収集目的ならば,直ちに必要な機関に告発しそれを証拠として提供すれば足りるのであって,その上で内々で鯨の肉を食べる必要はないでしょう(というか,この団体は反捕鯨団体なのに鯨の肉を食べることには抵抗はないんか?!やっぱりガセなんでしょうか・・・情報お持ちのかた,よろしくお願いいたします)。

 日大法科大学院の板倉宏教授は「当然窃盗罪に当たる」との見解。「告発のためといっても、何か目的があって盗んだということで(窃盗罪の構成要件である)『不法領得の意思』が認められる。社会的相当な行為として違法性が阻却(そきゃく)されることはない」と話す。
 京都産業大法科大学院の渥美東洋教授も「捜索や押収は捜査機関でさえも裁判所から令状を取らなければできないのに、どうして一般人ができるのか。令状がない時点で正当行為は成立しない。こんな身勝手な行為を許したら世の中がどうなるか。的外れとしか言えない」と厳しい。
 これに対し、龍谷大法科大学院の村井敏邦教授は「外形的には窃盗に当たるが告発のためやむを得ずやったという行動が正当行為にあたり、違法性が阻却されるという議論はありうる」との見方を示している。

 私は真ん中の渥美先生にお世話になったことがあるのですが,先生の仰るとおり,一般人が証拠目的とはいえ,このような態様で西濃運輸の占有を奪って良かったとは思えません。
 ま,もちろんこれは私見ですから,裁判所がどのように判断するかは分かりません。地裁レベルでは何でも起こりますからね(汗)

 不法領得の意思の問題とは別に,板倉先生や村井先生が言っているように,社会的に相当な正当行為かどうか,というのが問題になるかもしれません。
 グリーンピースがこういった活動を正当な業務行為としてやってよいのかどうかを裁判所は判断することになるでしょう。
 私は板倉先生のご見解に賛成ですが,地裁レベルでは村井先生のような判断が出てくる可能性も否定できません。もっとも告発のために盗んだことが「やむをえなかった」とまでは言えないと思いますけどね。

 しかし,ネットに限っていえば,多くのユーザーが,これが正当化されてしまえば<証拠目的をタテマエに,他人の家に勝手に入り込み,資料や個人情報まで奪われても,被害者は泣き寝入りするしかないのか>と心配していますね。

 確かにそうですね。何のために厳格な令状主義が採用され,国民に自由が保障されているのか分からなくなります。これでは,一億総警察時代が来るんじゃないですか?

 あ。そうそう。おもいだしましたが,窃盗以外にグリーンピースが許可もないのに荷物の伝票を見て23人の荷主や配送先,伝票番号を記録していた,といいますが,ここらへんの事実関係はどうなっているのでしょうかね・・・場合によっては窃盗で終わらない気もしますが。。

 いずれにしても,徹底的に争って欲しいと思います。
 公判の中でいろいろな事実が出てくるのでしょうし,今後注視していきたいものです(MSN産経あたりでこの裁判ウォッチングをやって欲しいです)。


 どうでもよいことかもしれませんが,先日の週刊新潮の記事に<代理人の海渡雄一弁護士(52)は、社会民主党の福島瑞穂党首(52)の夫である。>とあって,少し驚きました。
 社民党福島党首は今回の一件をどう思っているのか,聞いてみたいところです。
 また,今まで反捕鯨という点でグリーンピースを支持してきたかたも,今回のグリーンピースの行為をどう思っているのか,これを支持し自分たちもそれを正当な活動だと評価するのか,いろいろなご意見を伺ってみたいです。
       
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(法律)曖昧ゆえに人権を侵す
                              2008/02/13 19:10法律
  
人権擁護法案に反対続出=自民 2月13日13時1分配信 時事通信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080213-00000088-jij-pol

 自民党の人権問題等調査会(太田誠一会長)は13日午前、党本部で総会を開き、人権擁護法案の今国会提出に向けて党内調整に着手した。しかし、出席者からは「なぜ法律が必要なのか理解できない」などと反対意見が続出した。
 冒頭、鳩山邦夫法相は「初めに法案(提出)ありきではない。フリーに議論してほしい」と要請。調査会幹部の岩永峯一衆院議員も「国民の関心の高いメディア規制条項は削除したい」と語った。
 これに対し、稲田朋美衆院議員は「広範な人権擁護法案を作った場合、表現の自由や政治活動の自由が脅威にさらされる」と指摘。衛藤晟一参院議員も「民主主義に対する弾圧だ」と主張した。 


 わたしも反対だ。

 稲田議員の指摘するように,過度に広汎な内容を持つ法律は人権侵害のおそれが極めて大きいものとなる。
 また,文言の不明確性から,行政に広汎に捉えられて,人々の表現行為が萎縮するおそれもある。

 まるで戦時中の特別高等警察のようだ。また治安維持法で取り締まろうとでもいうのか?

 表現の自由は思想の自由市場の上に成立する。言論には言論をもって対抗せんとするのが原則だ。

 言葉を封じ,一定の思想を禁ずることに繋がるのではないか。

 名前に騙されて,人権を擁護するための法律と思いきや,実質は人権を侵害するための法律と言うべきかも知れない。

 あと有権者も気づいてほしい。2007年11月23日の朝日新聞で,推進派は本音を明らかにしている。

 「人権擁護法案は選挙に有利に働く。次期衆院選挙に向け必要な法案だ」

 推進派の古賀誠議員が言った言葉だ。結局は人権なんてどうでもよいのだ。
       
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(法律)外国人参政権付与に反対する - 違憲的反対の立場から
                              2008/02/04 00:00法律
  
最近,外国人参政権に関する報道が増えている。
 先日大阪府知事選で当選した橋下徹氏も,与党の公明党も,そして民主党の小沢代表も外国人参政権(地方)付与には賛成らしい。

2008/01/22-21:26 外国人参政権に意欲=民主・小沢氏(時事通信)
 民主党の小沢一郎代表は22日の記者会見で、永住外国人への地方参政権付与について「以前から認めるべきだと主張している。結論は変わらない」と述べ、実現に意欲を示した。


外国人参政権に意欲示す 民主・小沢氏、韓国特使と会談(朝日新聞)
2008年01月18日22時10分
http://www.asahi.com/politics/update/0118/TKY200801180364.html

 民主党の小沢代表は18日、韓国の李明博(イ・ミョンバク)次期大統領の特使として来日した李相得(イ・サンドゥク)国会副議長と党本部で会談した。李相得氏は在日韓国人への地方選挙権付与について「民主党と公明党が積極的に活動しているが、自民党はちゅうちょしている。民主党がリードしてほしい」と要請。小沢氏は「個人的にも昔から賛成で、早くやるべきだ。我々がまとめれば公明党を追い込んでいける。そうしたら自民党はどうしようもない」と応じ、党内で通常国会への提出が検討されている「永住外国人選挙権付与法案」の実現に意欲をみせた。
http://www.asahi.com/politics/update/0118/TKY200801180364.html


 かといって,民主党は全員が外国人参政権に賛意を表するわけではない。
民主、外国人参政権で党内ジレンマ 2008/02/01
http://www.news.janjan.jp/government/0802/0801319923/1.php

 永住外国人の地方参政権付与を認める民主党の法案をめぐり、30日、党内の推進派と慎重派議員が衆参の議員会館でそれぞれ初会合を開いた。民主党の長年の検討課題が再浮上したことで、党内の立場の違いがあらためて顕在化してきた。もっとも、推進派は「ひびが入らないように」、慎重派は「党中党があってはいけない」などと強調し、互いに冷静な議論を深めたいとしている。一つこじれれば党内が混乱し、党全体の痛手となる恐れもあるが、現時点では両派とも及び腰の様子だ。
http://www.news.janjan.jp/government/0802/0801319923/1.php


 特に,民主党では,岡田副代表,白眞勲議員,川上義博議員などの推進派に対して,河村たかし議員,松原仁議員,長島昭久議員,渡部恒三党最高顧問などの慎重派が反発している。

 国内でも,保守派は,外国人に参政権を認めることは都市乗っ取りが可能であること等を理由に外国人参政権に反対するが,わたしは憲法という,どちらかというと左派が得意とする分野から反対の意思を表したい。

 まず,外国人参政権と憲法との関係を論じる上で必要な規定を確認していただきたい。

第15条 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。
第93条 地方公共団体には、法律の定めるところにより、その議事機関として議会を設置する。
2 地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。


 憲法第15条は,公務員選定罷免権(選挙権)は「国民固有の権利」であると定めている。この条文は,選挙権が「国民」だけに認められることを明確に示している。
 だが,15条以外に,93条2項は地方公共団体の議会の議員(地方議会議員)の選挙権に関して,「地方公共団体の住民」が選挙して選ばれるものと規定する。

 外国人参政権付与推進派は,93条2項が「国民」ではなく,あえて「地方公共団体の住民」との文言を使っていることを理由に,外国人に参政権を付与しても,違憲ではないと主張する。

 みなさんはこの点どのようにお考えだろうか?
 「地方公共団体の住民」(93条2項)の意味するところは,外国人を含めた地方の住民なのか,それとも15条1項の「国民」のうちの地方の日本国籍を有する住民なのか。

 わたしは後者が妥当だと考える。すなわち,「地方公共団体の住民」は「国民」の部分概念と解釈すべきである。

 また,これにはカラクリがある。
 推進派は93条2項は,住民の地方議会議員の「選挙権」を認めたものと考えているようだが,みなさんには改めて93条2項を読んでいただきたい。

 93条2項は本当に住民の選挙権に関する規定なのか?
 みなさんならばもうおわかりだとおもうが,あくまでも「地方公共団体の首長と議会議員は直接選挙により選ばれる」ということを定めるに過ぎない規定だ。このときの「住民」には特別の意味はないということだ。あくまでも15条1項に示されている「国民」の範囲における「住民」に限定される,ということだ。
 
 また,推進派は住民自治の原則を主張する。
 住民自治の原則は,住民の意思による地方政治が望ましいという原則だ。
 つまり,地方のあり方を決するためには,地方に居住する住民,特に永住者の意思を問題とすべきではないか,という主張だ。

 しかし,この住民自治の原則も,大前提は国民主権なのである(憲法前文,1条後段)。
 「国民」によって国家権力が正当化される。その国家権力の一部を構成する地方公共団体も当然国民主権の上に存立する。
 そのため,地方自治のみ国民主権を排除しうるという論理は成り立たず,地方参政権を永住外国人に付与することは国民主権に抵触するものと考える。
 
 このように,わたしは外国人に参政権を付与することは憲法違反だと考える。
 憲法の規定を,自らの望むように都合良く解釈することにわたしは反対だ。
 社民党は護憲派だが,彼らは「活憲」(憲法を変えずに,憲法を活かすべき)を主張する。しかし,「活かす」ことで憲法の理念がゆがめられるおそれはないだろうか?

 わたしは改憲派だが,改正されていない現行憲法について,原理的に解釈されることが望ましいと考えている。

 わたしは外国人参政権付与推進派こそ憲法を破壊する勢力だと確信する。だから,憲法の大原則である「国民主権」を度外視してまで外国人賛成権を与えるべきではない。
 たしかに裁判所は傍論で外国人に地方参政権を付与しても憲法の許容するところである旨述べている。だが,あくまでも傍論であって,先例拘束力の認められるものではない。
 そもそも,戦後賠償裁判などでも裁判官がいちいち傍論でお節介なことを述べてくれているが,傍論はあくまでも傍論だ。事案解決に必要な判断ではない。

 わたしは今の平和は偏に国民主権によるところが大きいと考えている。平和は憲法9条によってもたらされたものであるとは言い難い(そもそも自衛隊があることで憲法9条の意味は根本から失われている)。

 国民主権原理を守ることが,我が国の平和に繋がる。外国人に参政権を付与して,国民主権原理を脅かし,無用の混乱を我が国に招く必要はない。
       
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(法律)衆議院の解散 ー 憲法7条
                              2008/01/23 15:15法律
  
福田首相、「堂々と粛々と正道歩む」=小沢氏は「人生懸ける」−自・民が仕事始め
1月7日13時1分配信 時事通信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080107-00000046-jij-pol

 自民、民主両党は7日午前、それぞれ党本部で仕事始めを行った。福田康夫首相(自民党総裁)があいさつで「堂々と粛々と正道を歩む」と強調すれば、民主党の小沢一郎代表は「人生を懸けて戦いに臨む」と政権交代への決意を表明した。(中略)
 一方、小沢氏は次期衆院選を念頭に「今年は自公(両党)の国民生活無視の政治を変える。互いに使命を自覚し、われわれ自身の人生を懸けて戦いに臨まないといけない」と力説した。 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080107-00000046-jij-pol


 衆議院の解散。

 よく耳にするけど、解散ってよくわからないし、なんで「衆議院の」なのかもよくわからない。
 もしかすると、衆議院解散法なんていう法律があるんじゃないか・・・なんて考えているかたもいるのではないだろうか。

 衆議院の解散について定めた最もポピュラーな規定は、意外にも日本国憲法だ。

 この条文を見ていただきたい。
第69条 内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、10日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。

 日本国憲法69条は、衆議院で不信任決議案を可決(あるいは信任の決議案を否決)したときの効果として、10日以内に「衆議院が解散」されるもの、と定めている(解散しない場合には内閣総辞職)。

 この条文を読んで、「なるほど!衆議院の解散は衆議院で内閣不信任決議案が可決される必要があるんだ!」と考えるのが素直だ。

 でも、ニュースを読んでいると、「首相の解散カードがなんちゃら〜」と書いてある。

 憲法69条には、内閣不信任決議案が可決されなければ衆議院の解散はない、と書いてあることを重視すれば、首相に「解散カード」があるわけがないじゃないか、ということになるだろう。

 だが、それではマスコミの間違い、ということになるのだろうか。

 本当に首相に解散カードなんてあるのだろうか。
 もう少し、日本国憲法を読んでいこう。

 ということで、次に見て欲しいのは、65条だ。
第65条 行政権は、内閣に属する。

 行政権の所在について規定されている。

 憲法学上も、争いはあるものの、行政権というものに明確な定義をつけておらず、国家作用のうち、立法作用と司法作用を取り除いた残りの作用を指す、と考えられている(実質的意味の行政。控除説)。
 行政作用は多岐にわたっており、積極的に定義付けをおこなうことすら困難、ということだ。

 そこで、その行政権の意義を前提に、衆議院の解散も、この65条の「行政権」に属するものではないか、という見方がある。つまり、衆議院の解散は、立法作用でも司法作用でもない。だから、その残りの作用、すなわち行政作用に属する、という主張だ。
 行政権の範囲内であるとすれば、これが内閣に属するのだから(65条)、内閣の首長である内閣総理大臣に衆議院の解散権があると言える。従って、マスコミの「首相の解散カード」という表現も間違いではないことになろう。

 だが、立法作用でも司法作用でもないから、衆議院の解散は行政作用なのだ、というなんとも頼りない解釈に異論もある。

 そこで、65条の次は7条を見ていただきたい。
第7条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
 1.憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
 2.国会を召集すること。
 3.衆議院を解散すること。
 4.国会議員の総選挙の施行を公示すること。
 5.国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
 6.大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
 7.栄典を授与すること。
 8.批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
 9.外国の大使及び公使を接受すること。
 10.儀式を行ふこと。
 
 7条は天皇の国事行為に関する規定だ。
 その中の3号を見ていただければわかるとおもうが、天皇の国事行為の中に「衆議院を解散すること」という条文がある。

 これを素直に読むと、天皇陛下に衆議院の解散権があるのだから、マスコミの言うような「首相の解散カード」は嘘なんだ、ということになる。だが、子供の頃に「天皇は象徴だ」と教わったことがあるかたは、ここで疑問を生ずるだろう。

 それは、天皇は国民統合の象徴であり、それゆえに「天皇は・・・国政に関する権能を有しない」(4条)とされているのに、なぜ衆議院の解散という「国政に関する権能」を有するのか、という疑問だ。

 そこで、学説は、このような対応をしようとする。

 まず、国事行為の中には、どうも単なる形式的かつ儀礼的な行為とは言えないようなものが含まれていることを認めた上で、7条に示されているように、天皇が「内閣の助言と承認」を得ることによって、本来は「国政に関する権能」というべき衆議院の解散が結果として形式的・儀礼的なものになる、とするのだ。

 イメージ的には、内閣の助言と承認によって、衆議院の解散の政治的要素を吸い取るようなものだ。政治的要素が吸い取られた天皇の国事行為としての衆議院の解散は儀礼的なものだけが残存する。

 であるから、文理上は「内閣の助言と承認」とされているものの、その内閣には、解散についての実質的な決定権を有していることを認める必要があるだろう。
 (天皇陛下の衆議院の解散権を形式的なものにするために)政治的要素を吸い取るだけの政治的決定権、すなわち実質的な解散権は、内閣に属している必要がある、ということだ。

 ここまでで、衆議院の解散権は憲法7条3号を根拠に認められることになり、天皇には形式的な解散権が、内閣には実質的な解散権がある、ということも明らかになった。

 さて、最初の議論にうつるが、衆議院の解散権の法的根拠が憲法7条3号にあるという以上は、衆議院の解散は必ずしも内閣不信任決議案が可決された場合だけに限られる、という解釈をする必要はなくなる。

 それに、衆議院の解散により、後に衆議院議員選挙が行われることに鑑みると、解散というものはどうも民主主義的な意義を持っていることもわかるとおもう。
 だから、国民の意思を問う必要がある場合に、解散を認めてよい、とも言えるだろう。
(ただし、解散ばかりでは国は一向に動かないことになるから、安易に解散カードを切らせるというのも、かえって徒に国政を不安定にするので、あまりに広く解散権の行使を認めることにも異論が少なくない。)

 では、今。この政治状況において、衆議院を解散して国民の意思を問うべき必要はある、と言えるだろうか。

 衆参ねじれ現象が起きていることじたいが「国民の意思を問うべき必要」を生じた、という意見もあるだろうし、衆参ねじれ現象は憲法上認められた衆議院の優越などで混乱を回避することができるのだから、いまだ「国民の意思を問うべき必要」を生じていない、という意見もあるだろう。

 個人的には、小泉元首相による郵政解散が許されてしまった以上、新テロ法案など困難な法案を前に、既に「国民の意思を問うべき必要」が生じたものと認識している。
 だから、首相が解散カードを使うことは憲法上も許されているとおもうし、首相はいつでもカードを切れば良いともおもう。あとは、政治的な判断(駆け引きなどもあるだろう)で、しかるべきときに解散権を行使すればよい。

 もっとも、「衆議院」の解散なのだから、衆議院で不利な民主党など野党の内閣不信任決議案等の提出では、その解散を強制することはできない。
 だから、なおも衆議院の解散権を持っている首相にアドバンテージがある、とするのが合理的な見方だろう。つまり、民主党が胡座をかいていれば、一気に不利になるおそれもある(少なくともわたしは参議院選挙後の民主党は未だ勝利の余韻に浸っているようにしか見えない)。

 さて、首相が、いつ民意を問うか。
 そして、これから今後、新テロ法案、予算等も含め、解決困難な問題に、与野党どのように対応していくのか、国民としては楽しみでもあるが、かなり不安でもある。
 またこういう政治的に困難な時期に、マスコミはまたおもしろおかしく報道するのかもしれないと思うと、なんだかやるせなくなる。。(もっと国益を考えた報道をしてもよいのではないか)

 いずれにせよ、首相が伊勢神宮で誓った「国民本位の政治」は必ず実行に移してもらいたい。あまり過度に期待しているわけではないが・・・。これはもちろん小沢代表も同じだ。
 
       
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(事件)危険運転致死傷罪はなぜ適用が難しいのか?
                              2007/12/18 17:28法律
  
幼児3人死亡事故、「飲酒影響」は困難か…業過致死を追加(読賣新聞)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071218-00000304-yom-soci
link:http://news.goo.ne.jp/article/yomiuri/nation/20071218i304-yol.html

・3児死亡で危険運転罪見送り 福岡地裁、業過致死適用か(朝日新聞)
link:http://news.goo.ne.jp/article/asahi/nation/K2007121800104.html

・MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/071218/trl0712181308010-n1.htm

・福岡3児事故死 危険運転罪適用困難か 訴因変更を命令 地裁が地検に「業過致死追加を」(西日本新聞)
link:http://news.goo.ne.jp/article/nishinippon/nation/20071218_evn_001-nnp.html?C=S

痛ましい事件だが、危険運転致死傷罪での適用は難しかったようだ。
しかし、この事件において危険運転致死傷罪が適用できなかった(あるいは困難であった)ということについて、社会のみならず、国会議員たちも厳重に受け止めるべきであろう。

さて、この適用の難しい危険運転致死傷罪

簡単に説明をしておこうとおもう。

危険運転致死傷罪は、刑法上は結果的加重犯として論じられる。

結果的加重犯というのは、故意と過失の複合形態という意味だ。

ここで、ふと思うのはなぜ自動車運転絡みの犯罪なのに「故意」の部分があるのか、ということだ。

この裁判で訴因変更を命じられた「業務上過失致死傷罪」は、「過失」の罪なのだから、故意による犯罪ではない。
なぜ危険運転致死傷罪も自動車絡みの犯罪なのに、「故意」が求められているのだろう?

この危険運転致死傷罪の構造を簡単に説明しておこう。この点を理解しておかないと、新聞も正しく読めないように思われる。

まず、危険運転致死傷罪はこのような規定だ。

第208条の2 アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ、よって、人を負傷させた者は15年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は1年以上の有期懲役に処する。その進行を制御することが困難な高速度で、又はその進行を制御する技能を有しないで四輪以上の自動車を走行させ、よって人を死傷させた者も、同様とする。
2 人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で四輪以上の自動車を運転し、よって人を死傷させた者も、前項と同様とする。赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で四輪以上の自動車を運転し、よって人を死傷させた者も、同様とする。


ここでもうお分かりのかたもおられると思うが、法文上は「アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ」とある。この部分が故意犯の部分だ。

つまり、「アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ」の部分には、故意を要する。でなければ、危険運転致死傷罪は成立しないのである。

そして、「アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ」の後は「よって」との文言がある。
これは、一般的に「結果的加重犯」を示す文言とされているが(必ずしもそうとは限らない)、そういった故意で自動車を運転させた結果、人を負傷させた(死傷させた)場合に、危険運転致死傷罪が成立する。

つまり、危険運転致死傷罪は「アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ」は故意の部分、「人を負傷させた(死傷させた)」は過失の部分から構成される、ということだ。

簡単に言えば、故意で危険な運転が行われ、その結果として意図していない死傷の結果を生じさせた場合に適用される犯罪だ。

ただし、現時点における社会の飲酒運転に対する処罰感情を見ると、たぶんこのような事件の犯人を厳罰に処すべきだというものが大多数のようにおもわれる。
もちろん、わたしもその一人である。

ちなみに、この問題は法定刑のギャップというのも忘れてはならない。

危険運転致死傷罪の法定刑は、「人を負傷させた者は15年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は1年以上の有期懲役に処する」とされているが、
業務上過失致死傷罪の法定刑は「第211条 業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様」とされている。

業務上過失致死罪と危険運転致死傷罪のギャップを埋めるものが必要となっているということだ。

ただし、他のブログでの大多数の意見は、ここまでに止まっているようなので、新たな情報を提供しておこうとおもう。

もうご存じのかたも多かろうと思うが、先日、「自動車運転過失致死傷罪」という犯罪が新設された(211条2項)。

「自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、7年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。」

これは、危険運転致死傷罪の適用が難しいものの、悪質な交通事犯に対応するための犯罪類型である。

ただし、この事件は、この犯罪が新設される前におこされた犯罪であるために、自動車運転致死傷罪に問うことはできない。遡及して過去の犯罪を新たな犯罪で処罰することは許されないからだ。

わたしも、この新たな犯罪類型がどこまで実態に合うのかは分からないが、それでも被害者の処罰感情にある一定程度の満足を与えてくれるのではないかと期待している。

しかし、改めて、この事件の悲惨さを考えると、被告人のやった罪は、言い渡される罪よりは遙かに重大・悪質であると言わざるをえない。

亡くなった子供たちはやりたかったこと、たくさんあっただろう。
親御さんも同じだ。子供達にしてやりたかったこと、たくさんあっただろう。

亡くなった子供達の冥福を祈ると共に、ご両親の今後の生活の幸せを願ってやまない。

社会も、被告人が言い渡される罪は業務上過失致死罪になるかもしれないが、そうであっても被告人のやったことの重さというのを忘れてはならない。

飲酒運転を許すな!
       
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