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Il testimone...

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「体罰と犯罪」頭部への打撃5(東京高裁昭和56年4月1日判決)

(3)教師の生徒に対する懲戒権の行使としてどこまでの有形力(暴力を含む。)を行使できるか

ここまでの東京高裁の判決を読んで、けっきょくのところ、教師が生徒に対して有形力(殴る・蹴る・掴むといった物理的な力)を行使できることを認めたとしても、やっぱり程度問題だ、ということになってきたことが分かります。

先の大阪市立高校の教師による体罰後に生徒が自殺した事件の際、テレビなどの街頭インタビューで、多くの方が「まあ、体罰といっても程度問題だ」とか、「行きすぎた体罰はダメ」という意見を言っていましたが、まさにこの東京高裁の判決も、「程度」を問題視しています。さっそく東京高裁の判決を見ていきます。

  * * *

 「学校教育法の禁止する『体罰』(ブログ管理者注:学校教育法11条ただし書は、体罰を認めていない。)とは要するに、懲戒権の行使として相当と認められる範囲を越えて有形力を行使して生徒の身体を侵害し、あるいは生徒に対して肉体的苦痛を与えることをいうものと解すべきであ」る。
  具体的には「有形力の内容、程度が体罰の範ちゅうに入るまでに至つた場合、それが法的に許されないことはいうまでもないところであるから、教師としては懲戒を加えるにあたつて、生徒の心身の発達に応ずる等、相当性の限界を越えないように教育上必要な配慮をしなければならないことは当然である。」
 「そして、裁判所が教師の生徒に対する有形力の行使が懲戒権の行使として相当と認められる範囲内のものであるかどうかを判断するにあたつては、教育基本法、学校教育法その他の関係諸法令にうかがわれる基本的な教育原理と教育指針を念頭に置き、更に生徒の年齢、性別、性格、成育過程、身体的状況、非行等の内容、懲戒の趣旨、有形力行使の態様・程度、教育的効果、身体的侵害の大小・結果等を総合して、社会通念に則り、結局は各事例ごとに相当性の有無を具体的・個別的に判定するほかはないものといわざるをえない。」

  * * *

  東京高裁は、どこまでが教師に許される指導・懲戒で、どこまでが許されない体罰なのか、その限界をさぐる判断枠組みを苦悩しつつ導いています。

  すなわち、東京高裁がいう判断枠組みとは・・・
「教育基本法、学校教育法その他の関係諸法令にうかがわれる基本的な教育原理と教育指針を念頭に置き、更に生徒の年齢、性別、性格、成育過程、身体的状況、非行等の内容、懲戒の趣旨、有形力行使の態様・程度、教育的効果、身体的侵害の大小・結果等を総合して、社会通念に則り、結局は各事例ごとに相当性の有無を具体的・個別的に判定する」
というものです。
  要は、個別具体的な事情を総合的に考慮して判断する、ということなのですが、少なくとも裁判所の立場としては、「教師が生徒を叩いたらダメ」とか、「教師の生徒に対する暴力は是か非か」という二者択一的、一義的な選択を行うのではなく、ケースバイケースに具体的な事情を見つつ、体罰の限界をさぐっていく、というアプローチを採っています。
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  1. 2013/02/02(土) 11:01:39|
  2. 社会