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わたしたちの憲法を考える(2)前文2

 
            今回は憲法前文の後半部です。

 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
 Desiring peace for all time and fully conscious of the high ideals controlling human relationship now stirring mankind, we have determined to rely for our security and survival upon the justice and good faith of the peace-loving peoples of the world. We desire to occupy an honored place in an international society designed and dedicated to the preservation of peace, and the banishment of tyranny and slavery, oppression and intolerance, for all time from the earth. We recognize and acknowledge that all peoples have the right to live in peace, free from fear and want.
 We hold that no people is responsible to itself alone, but that laws of political morality are universal; and that obedience to such laws is incumbent upon all peoples who would sustain their own sovereignty and justify their sovereign relationship with other peoples.
 To these high principles and purposes we, the Japanese People, pledge our national honor, determined will and full resources.


(1) 国民の決意表明としての憲法前文

 憲法前文の特徴でもあるのですが,国民の決意表明がいくつか書かれています。「~を決意した」という部分が前文のところどころにあるのに気づかれたかたもいると思います。

 該当箇所は・・・
 1.政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意
 2.われらの安全と生存を保持しようと決意
 3.全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ


 「3.」は日本語では<誓ふ>にはなっていますが,GHQ草案ではdeterminedとなっていますので,これも一つの決意表明だと考えられます。

(2)「願望」と「信頼」というヒューマニスティックな言葉の多用

 憲法の前文の中には,「日本国民」が「願望」「信頼」するという記述が多く見られます。GHQ草案にも,desireなどの言葉が目立ちます。例えば・・・

 1.日本国民は、恒久の平和を「念願」
 2.人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く「自覚」
 3.平和を愛する諸国民の公正と信義に「信頼」
 4.平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会(を信頼)
 5.法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると「信ずる」


 「1.」や「2.」などはまあいいと思います。
 今の時代に「戦争を望んでいる」人なんてほとんどいないでしょうから,一つの理想・予想として書く文には問題はないと思います(問題は「戦争は望んでいない」人がある状況が揃うと「戦争に賛成」してしまう現実にあるんですけどね・笑)。

 問題は「3.」と「4.」ではないでしょうか。
 もちろん私は,憲法の前文とは個々の規定を俯瞰する,いわば憲法の描く「理想社会」を掲げたものであると考えていますから,こういった記述があっても別に構いません。

 しかしこの記述が,私たち日本国民に国際社会に対する過信を誘っているのであれば,問題でしょう。

 確かに国際法秩序の拡大によって,国際社会の形が少しずつ変容しているのは事実だと思いますが,なお国際社会とは深刻に無秩序であると考えなければなりません。
 国家はそれぞれの国益を実現するために合理的に動くものです。
 時には相手国に不当な損害を与えるような方法で国益を模索する場合もあります(近時は大資本などの利益や政治家自身の私益が絡む国際紛争も起きていますから,もはや国際社会はより混沌としていると言えます)。

 また<平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会>と憲法は言うものの,あのイラク戦争をどう評価したらよいのでしょうか。

 もちろんフセインがやったことは100%正当化されるものではありません。ハラブジャ事件なんて,まさに「虐殺」そのものでしょう。
 しかし一方でフセインも,少数派のスンナ派の秩序作りのために,やむなくシーア派らに<専制と隷従,圧迫と偏狭>を押しつけた,と言えなくもない(繰り返しにはなるけれど,これを正当化するつもりはさらさらない)。

 それに,それを<地上から永遠に除去しよう>として,一応タテマエとして国連決議1154,1441に基づいてやったのがイラク戦争でした。しかしふたを開けてみれば,この戦争で多くの犠牲者を生むとともに,新たな火種を生みました。
 ミアシャイマーを初めとする米国におけるリアリストたちは,「イラク戦争をすることが国益とは言えない」として猛烈に反対していたように,結果としてイラク戦争は米国の国益とはほど遠いものでした(下手すれば,有力政治家の関連企業が儲かっただけになるかもしれません。

 しかしあの「世界にほこる平和憲法」を持っているハズの日本は何をしていたかというと,小泉純一郎首相(当時)が<私はこの際、そういう思いから米国の武力行使開始を理解し、支持いたします>と公式に表明し,見事に戦争に賛成しちゃったわけです。
 http://www.kantei.go.jp/jp/koizumispeech/2003/03/20kaiken.html

 もちろんこれは指摘しておかなければならないことだと思いますが,イラク戦争に反対したいくつかの先進国も,実際にはイラクに既存の利害関係のあった国が多く(フランスなんかが良い例ですが),純粋に「反戦」を唱えていたわけではありませんでした。
 利害関係さえなければ,彼らは賛成していたかもしれません。

 この中で,漫然と国際社会に対して過信を抱くことが妥当なのかどうかはキチンと考えておかなければなりません。

 憲法の前文の,この記述が悪いと言っているわけではありませんよ。しかし現実と憲法前文に掲げられた理想のギャップに,日本人は自覚的であるべきだ,と言いたいのです。

(3) 平和的生存権の問題

 <われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。>
 この一文を根拠に,「平和的生存権」(平和のうちに生存する権利)が導かれると主張する論者がいます。
 平和的生存権を認めたものとして長沼ナイキ事件第一審判決が有名ですね(ただし控訴審判決は平和的生存権を認めていません)。

 平和的生存権が認められるかどうかですが,GHQ草案では<all peoples have the right to live in peace>としており,haveの主語はall peoplesであってPeople(国民)ではないことは明らかですし,憲法でも主語は「全世界の国民が」とされている以上,憲法は前文で平和的生存権を承認してはいないと考えるのがまあ妥当じゃないでしょうか(最近は9条や13条を根拠に平和的生存権を導く論者が登場しています)。

 私個人は平和的生存権うんぬんを言う前に,「平和とは何か」をもっと議論すべきだと考えています。

 偏に「平和」と言っても,いろいろな形の「平和」があるわけです。
 自分の信じている宗教の教えが実現化されることを「平和」という人もいるでしょうし,単に「戦争のない状態」を「平和」という人もいるでしょう。中には核がなくなった世界を「平和」という人や,あるいは,全世界で「戦争が起きていない」状態を初めて「平和」という人だっていると思いますよ。

 その議論を経ることなく,平和的生存権を主張するのは,個人的に躊躇せざるをえません。むしろそれこそ平和を装ったファシズムに繋がると考えます。
 そんな空疎な「平和」なら,「平和」をあらゆる目的のために利用することができるようになるでしょう。いずれこれが悪用されて「平和的生存権」のために「表現の自由」や「信教の自由」が侵害されてもいいのでしょうかね。
 他人様から押しつけられる「平和」こそ戦争を導くこともあるのです。だって,みなさんVictory(勝利)のVサインをpeace(平和)と言っているじゃないですか?戦争に勝つことが「平和」だって,日常的にみなさん言っているわけですよ?(笑)
 私はそういう意味で平和的生存権を言っているのだとすれば,恐ろしくてしかたがないですね。

(4)日本語としての意味が分かりにくい第三段目 

 <われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。>
 この一段を初見のかたで,すぐに理解できた人っているでしょうか?私はできませんでした。

 例えば<いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない>という部分に関して。
 国家はたいてい自国の利益を専念するものと考えれば,場合によっては他国を<無視>することもあるでしょうから,その意味ではなんともおかしな記述です。
 あるいは,国際社会の主体は国家しかあり得ないのですから,いずれの国家も相手国あって初めて国際社会を形成できるわけで,その意味では<無視してはならない>のは当然です。

 しかし憲法学者はたいていこの一文を98条2項と並んで「国際協調主義」を謳ったものと解釈しています。つまり「自国のことばかり考えないで,相手国の利益も尊重し,協調してやっていきましょうぜ」という意味で読むのです(憲法学は法律学ですから,そう読むことは間違いではないと思いますが)。

 後段の部分も読みにくさがあります。

 <政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。>
 これは評論家の西部邁氏が言っていたことですが,もちろんこの「法則」がcommensurability「通約可能性」を持った内容のもの,例えば「人権」とか,抽象的なものならば「普遍的」と言っていいと思います。

 しかし各国がなにも同じ条理や慣習を築いてきたわけではないのであって,各国独自の,自分勝手なルールをもっているわけです。したがって,法則といっても各国様々なものがあります。
 その意味では決して諸「法則は」(laws)「普遍的」(universal)とはいえないでしょう。

 しかもご丁寧に「法則は」の前に「政治道徳の」と書いているわけで,より具体的で,限定的な諸規則を指しているのです。それではなおさら「普遍的」とはいえなくなります。。

 仮にここに言うlaws「規則」とは,戦勝国,ひいては米国の「規則」を指すものとして読めば,この一文が「米国様の規則が世界標準だ!普遍的だ!」と謳ったことになりますから,まあ意味は通じます(笑)。

 しかし流石にそんな読み方はやったらいかんでしょう(汗)。

 皆さんはこの文章をどのようにお読みになりますか?

 * * *

 今回のエントリで,憲法の前段は終わりにします。
 後日,第一条以降のエントリを挙げていきますから,よろしければ,またおつきあいください。
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tag : 日本国憲法 前文 平和主義 イラク戦争 平和的生存権 Constitution 平和 ファシズム リアリスト

comment

Secret

「普通の国」へ・・・

深く自覚する
決意した
占めたいと思う
責務であると信ずる
誓う

これらの言葉は行動を律する表現ではなく、ただの決意表明ですね。
これらの表現が日本人自ら作ったと言うのならまだしも、米が作成した文章で勝手に「誓う」と書かれても正直私は「んなもん誓った覚えはねーよ」と言いたくもなります。(笑)

私からみれば日本国憲法の前文とは、GHQの洗脳方針表明文書とでも言うべき代物ですね。
事実この前文の通りに教育され、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して国益を損ない、われらの安全と生存の保持を危うくしています。
まさに、みんな仲良くという近所付き合いと同レベルで外交を考える日本人の悪いクセの象徴です。
見事なまでにリアリズムに反する記述です。
国際関係に「信用」や「善悪」と言う概念を持ち込む事自体が誤りです。
英語のpeaceの語源であるラテン語のpaxの意味は「強者による弱者併呑により達成された安定」です。
もし戦争がない状態を平和と言うのであれば、平和とは国家間の競争の結果偶然生まれた副産物に過ぎません。
初めから副産物を目当てにするのは本末転倒もいいところです。

避けるべきは戦争ではなく「敗北」である事を日本人には気がついてほしいものです。
政財界に多数いる北京の犬やワシントンの犬によって、現在日本は戦わずして敗北しようとしています。

日本はやはり普通の国に自らの力で脱皮すべき時を迎えていると思います。
しかし、それは憲法改正や核武装を必ずしも意味しません。
戦争を避けるためなら何でも犠牲にするという発想を捨て、ただ「負けたくない」と望む、ただそれだけでよいのです。

更新ペースが以前のように戻ってうれしく思います。
日本が普通の国へ脱皮できるように、これからも共に訴え続けていきましょう!

WIZARD03さん コメントありがとうございます

 こんばんはー!いつもありがとうございます。

 <これらの言葉は行動を律する表現ではなく、ただの決意表明ですね。
 これらの表現が日本人自ら作ったと言うのならまだしも、米が作成した文章で勝手に「誓う」と書かれても正直私は「んなもん誓った覚えはねーよ」と言いたくもなります。(笑)>
 私が学生のときに,ゼミ生の間で同じことを言った覚えがあります。「別に俺は誓ってねーよ」って(笑)。
 といいますか,「誓う」って何に対して誓うのでしょう?神に対して?米国に対して?・・・憲法でいう「国民」が誓わなければならなかった相手って,いったい。。(意地悪な言い方ですが・笑)

 <私からみれば日本国憲法の前文とは、GHQの洗脳方針表明文書とでも言うべき代物ですね。
 事実この前文の通りに教育され、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して国益を損ない、われらの安全と生存の保持を危うくしています。
 まさに、みんな仲良くという近所付き合いと同レベルで外交を考える日本人の悪いクセの象徴です。
 見事なまでにリアリズムに反する記述です。>
 WIZARD03さん!そうなんですよ。
 私もこの憲法の前文を読んで,「リアリズムに対する当てつけ」のように感じたんです。ことごとく正反対の思想を押しつけようとしています。
 そこには「国益」(national interests。国民益)という観点が欠落しているだけではなく,なんと言いますか,「米国様。私たちをお救いくださいましてありがとう!私たちは米国様が主導する国際社会の一員として,いつまでもポチとして着いていきます」という決意表明なんですよね,ハッキリ言って。
 別に全てが全てダメとは言いません。前文も評価できる点はあります。

 しかし日本人がここまで国際社会に過信するようになった理由は憲法にあったような気がしてならないのです。それが,ひいては日本人のリアリズムに対する嫌悪感に繋がっているような気もしています。

 <国際関係に「信用」や「善悪」と言う概念を持ち込む事自体が誤りです。
 英語のpeaceの語源であるラテン語のpaxの意味は「強者による弱者併呑により達成された安定」です。
 もし戦争がない状態を平和と言うのであれば、平和とは国家間の競争の結果偶然生まれた副産物に過ぎません。
 初めから副産物を目当てにするのは本末転倒もいいところです。>
 仰るとおりです。
 例えば,パックス・ブリタニカ。これも「pax」であり「peace」ですけど,その内実は産業革命で力を付けた英国による覇権主義的な植民地支配の状態を指すものですね。英国が強かったために,周辺地域で戦争が起きなかった,それを歴史ではpaxと呼ぶわけですよね。
 「平和」を叫ぶ人々は,どういった「平和」を求めるのでしょうか。日本が軍拡し,核武装して,覇権主義化したのを「平和」と呼ぶのかな(失笑)。

 <避けるべきは戦争ではなく「敗北」である事を日本人には気がついてほしいものです。
 政財界に多数いる北京の犬やワシントンの犬によって、現在日本は戦わずして敗北しようとしています。>
 私もそのことにきづいてほしいと思っています。
 だから,過去の大戦を総括するにしても,最終的には「なぜ日本は負けたのか」という問いに答えられる段階にまで行き着かなければならないと思っているのです。

 それと同時に,憲法にも<われらの安全と生存を保持しようと決意した> と書いてあるのですから,「じゃあ,早くやれよ」と思いますね(笑)。国際社会の中で生き残るための安全保障政策を,政治家は打ち出しているでしょうか・・・(涙)。

 <日本はやはり普通の国に自らの力で脱皮すべき時を迎えていると思います。
 しかし、それは憲法改正や核武装を必ずしも意味しません。戦争を避けるためなら何でも犠牲にするという発想を捨て、ただ「負けたくない」と望む、ただそれだけでよいのです。>
 それは至極もっともなことだと思います。

 よく「自主独立のために核武装しよう」という人がいます。
 しかしそれは私たちの地政学的背景を知らない人たちの発言なんですね。
 (前にもWIZARD03さんにご指摘いただいていますが)諜報能力はおろか,情報防衛力すらまともにないこの国が,核武装したときのリスクを考えて欲しいものですよね・・・

 <更新ペースが以前のように戻ってうれしく思います。
 日本が普通の国へ脱皮できるように、これからも共に訴え続けていきましょう!>
 ありがとうございます。
 12月に入って,いつもより時間がとれるようになってきました(皆さんは「師走」で大変な時期なのに・笑)。
 更新のペースですが,週二回か三回程度がちょうどいいのかな,と思っています。場合によっては,週一回のときもあるかもしれませんが,前のように数ヶ月音沙汰なしみたいなことはしたくないので,マイペースに。自分のペースを守って無理なく更新していきたいと思っています。
 あたたかく見守ってくださる皆さんに,本当に感謝しています。ありがとうございます。

こんばんは☆

コメントを書く前に、「長沼ナイキ事件ってナニ?」と調べてましたら寝てしまいました。(汗

憲法をこんなにじっくりと読んだことはありません。
しかも懇切丁寧な説明つきで。

この度のエントリーでもっとも印象に残りました点は

・洗脳的要素

読めば読むほどに「普遍的な」という文言が引っ掛かります。
アメリカ正義臭をぷんぷん漂わせた憲法。アメリカ基準=世界と自画自賛。
日本の侵略を咎めていますが、アメリカもまたアメリカに利する価値観を押し付けて回るファシストです。
アメリカが世界を救う設定の、アメリカ人が如何にも好みそうなヒーロー映画を、これでもかと見せつけられた気分です。
くるくるさんがおっしゃるように「アメリカ様、愚かな日本を開眼させてくれてありがとう。アメリカこそ正義です。アメリカこそ世界の基準であり、日本が従うべき宗主国様です」と言わんばかりの憲法前文。
当時の日本人がこれを望み誓ったというのですね^^


戦争について考えたとき、私はいつも「戦争は勝ってこそ戦争」という結論に行きつきます。
日本が米英を寄せ付けぬ軍事を備え、真に成熟した支配者であったなら、この二つの条件を満たしていたなら、世界の歴史は変わっていただろう(どちらかがひとつ欠けていても勝てなかった)と思います。

日本国民の手で憲法を改正したい。
法の遵守を誓う対象を明確にして、私達の国の憲法を。
これが独立独歩の第一歩ではないでしょうか。


・現実剥離

これが世界に誇る憲法・・・ですか。世界中の国々が平和を願っているとでも思っているのでしょうか。幻想です。


・国際社会への過信を招いた

チベット問題で嫌と言うほど思い知りました。
普遍的なナントヤラを憲法を頂いた日本でさえ、押し付けたアメリカでさえ中国政府にウィンクし、今は忘れ去られようとしている。
国連は常任理事国中国の圧力にうよってによってチベット白書まで削除してしまいました。
世界規模の平和、または平和的生存権など「国益」の前にはチリも同然です。
綺麗ごとの憲法ならいりませんし、綺麗ごとの国連も必要ありません。


・何をもって平和と言うのか

おっしゃる通りですね。平和とはどんな状態を言うのか。
憲法前文の前半部分は「戦争してはならない」「戦争を認める改正も否定される」と解釈される部分があり、平和主義者が利用しています。平和的生存権が認められるなら、平和を手に入れるために武力という外交手段をとることも許されて良いはずです。

どんな状態を平和と想定しての「平和」なのか。そうですね、問われて初めて気がつきました。

日本を去勢したかったアメリカの押しつけ平和を「真の平和」とは思えません。
平和を希求する権利の中に、暴力の行使による暴力の制圧があってよいと思います。

ご存じのとおり、私はモノクロ女です。(爆
矛盾が嫌いです。綺麗事も嫌いです。ですからこうした現実無視の理想を憲法に頂いていることに大きな不満を感じています。
国益優先結構です。人権?平和?世界が願っている?でしたら日本はこの憲法に一致した方向に進むべきでしょう。
小泉氏の「ちゃっかり賛成」には、私も仰天しました。
どこまでもアメリカのポチ。

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鴻さん コメントありがとうございます

 こんばんはー

 <読めば読むほどに「普遍的な」という文言が引っ掛かります。>
universalを「普遍的」と訳してしまったがために,読み手の思想によっては「アメリカン・スタンダードの押しつけ」に感じるかもしれません。いわゆる「憲法押しつけ論」もおそらくそういったものから来ているのかもしれませんね。

 今の憲法って,読み手の思想や歴史的背景をどこまで考慮しているかによって印象が異なるもののように感じます。
 改憲派と護憲派がいつまでも議論が平行線のままになっているのも,おそらくそういった読み手の心理的背景が影響しているのではないか,と考えています。

 <アメリカが世界を救う設定の、アメリカ人が如何にも好みそうなヒーロー映画を、これでもかと見せつけられた気分です。>
 アメリカに病的なheroismがあるのは間違いないと思います。
 「敵がいなければヒーローは生まれない」ですから,しばしばアメリカは勝手に「悪の枢軸」という怪物を作り出して,自分たちをヒーローに仕立て上げようとします。本当に厄介な病質です。。 

 <当時の日本人がこれを望み誓ったというのですね>
 当時の日本人のほうがもっと酷いです。

 <天皇制支配体制によつてもたらされたものは、無謀な帝国主義侵略戦争、人類の生命と財産の大規模な破壊、人民大衆の悲惨にみちた窮乏と飢餓とであつた。この天皇制は欽定憲法によつて法制化されてゐた様に、天皇が絶対権力を握り人民の権利を徹底的に剥奪した。それは特権身分である天皇を頂点として、軍閥と官僚によつて武装され、資本家地主のための搾取と抑圧の体制として、勤労人民に君臨し、政治的には奴隷的無権利状態を、経済的には植民地的に低い生活水準を、文化的には蒙昧と偏見と迷信と盲従とを強制し、無限の苦痛をあたへてきた。これに反対する人民の声は、死と牢獄とをもつて威嚇され弾圧された。この専制的政治制度は日本民族の自由と福祉とに決定的に相反する。同時にそれは近隣植民地・半植民地諸国の解放にたいする最大の障害であつた。>
 これ,当時のある政党が作った独自の憲法草案の前文です。
 これと比べれば,まだ憲法はまともに見えてくるんじゃないでしょうか(笑)。

 <戦争について考えたとき、私はいつも「戦争は勝ってこそ戦争」という結論に行きつきます。>
 そうですね。確かにそう言えると思います。
 今日的に言えば,「戦って勝つ」場合と「戦わずして勝つ」場合の二通りがある,と言えるでしょう。

 <日本国民の手で憲法を改正したい。法の遵守を誓う対象を明確にして、私達の国の憲法を。これが独立独歩の第一歩ではないでしょうか。>
 仮に憲法を改正したいと望むのならば,きちんと今の憲法の何がおかしいかを説明できるだけの知識を身につけておくことが,護憲派を説得する上で不可欠となってくると思います。
 それと同時に,いかなる内容の憲法にしたいと望むのか,もちろん憲法を改正すると言っても,改正の内容次第では自主独立なんてものはあり得ないわけです。そういった細かいことも,改憲を主張する以上,ふまえておかなければならないように思います。
 もちろんこれは改憲派だけに止まらず,護憲派も同じです。なぜ改正しなくてもよいのかを客観的に,改憲派を説得するに十分なだけの知識を身につけておくべきです。

 <国連は常任理事国中国の圧力にうよってによってチベット白書まで削除してしまいました。>
 鋭いご指摘です。確かに世界のどこを見渡しても,日本人ほど国連を過信している人はいないでしょうね(笑)。
 仮に憲法がその過信を招いているのであれば,深刻な問題と言えます。
 というよりは,憲法の語る理想である「国際社会」と現実の国際社会の乖離は凄まじいものがある,といえるのかもしれませんが。

 <世界規模の平和、または平和的生存権など「国益」の前にはチリも同然です。>
 平和とはなんであるか,ですよね。憲法は平和主義を謳っていますが,じゃあ,平和主義ってなんなの?
 これが憲法に関する問題の終着点なのかもしれませんね。

 <憲法前文の前半部分は「戦争してはならない」「戦争を認める改正も否定される」と解釈される部分があり、平和主義者が利用しています。平和的生存権が認められるなら、平和を手に入れるために武力という外交手段をとることも許されて良いはずです。>
 そうですね。憲法学の世界でも,平和主義の原則を改正することはできないと考えるのが多数であると言えると思います(無限界に改正できるという論者もいるにはいますが・・・)。
 それはよいか悪いかは別としても,その平和主義を覆す改正とはいったいなんであるか,という議論を今の学者らがどこまで詰めているかは疑問があります。

 例えば,憲法9条2項の非武装規定(陸海空軍を持たない,とする規定)を改定することはできるのか,という問題があります。
 ある人は平和主義に反するので,改正することはできない,とします。しかし一方で,こういう論者もいます。
 非武装規定を改定し,軍隊を保有することは直ちに平和主義に反するということはありえず,平和主義を維持するための軍隊もあって当然である,という論者です。
 鴻さんのご意見は後者に属するものだと思います(私も非武装規定を改正することは許されるとの立場をとっています)。

 この点に関しては,まあいろいろな意見があると思いますが,もっと議論されて良いと思いますよ。

 <日本を去勢したかったアメリカの押しつけ平和を「真の平和」とは思えません。
 平和を希求する権利の中に、暴力の行使による暴力の制圧があってよいと思います。>
 例えば,一部の市民らで構成される反政府ゲリラが組織された場合。
 この反政府ゲリラは武装し,世の中をひっちゃかめっちゃかにしている,なんていう状態を想定します。
 このとき,警察や軍隊を用いて反政府ゲリラを鎮圧することは,平和を保つために必要と言えるんじゃないでしょうか。その意味では,鴻さんの仰るように暴力の行使による平和もあってもいいと思いますね。
 むしろ平和の語原となったPaxとは,強者による「平定」の状態を指します。早く言えば,「天下統一」の状態ですね(笑)。
 これまでの歴史を見てもそうです。あらゆるPaxは戦争と覇権的侵略主義によって生み出されています。
 パックス・ロマーナ,パックス・ブリタニカ,パックス・アメリカーナ・・・みんな強い者が弱い者を平定した状態を暗に意味しています。

 「平和」というものを,理想と現実のギャップを理解しながら語ることの重要性を感じます。

 <矛盾が嫌いです。綺麗事も嫌いです。ですからこうした現実無視の理想を憲法に頂いていることに大きな不満を感じています。>
 綺麗事を語ることも時として大切なこともありますが,仰るように綺麗事のみで現実を語るのは私も嫌いです。
 綺麗事を語る一方で,現実とのギャップを感じて欲しいものです。その上で,綺麗事として方付けていた理想をどうすれば実現できるのかを語って欲しい,そう思います。
 
 <国益優先結構です。人権?平和?世界が願っている?でしたら日本はこの憲法に一致した方向に進むべきでしょう。
小泉氏の「ちゃっかり賛成」には、私も仰天しました。>
 (笑)。
 そうですよね。9条があって,私たちは一見すると戦争に関与していない生活を送っているように見えるけれど,実際にあちこちで戦争が起き,また戦争に関与してきたんですよね。
 9条の理想も良いと思います。立派な理想です。
 しかしその理想の中身が実は曖昧であるし,9条の描く社会に現実は追いついていないことに危機感を持って欲しいと思います。

 イラク戦争への関与の仕方についても,護憲を主張するある政党は9条の元での民生支援ならば許されると主張していました。
 しかし現地の人々にとってみれば,仮にそれが民生支援であっても,それは敵と映るわけです。だって,本当に自分たちを助けてくれるのであれば,戦争に反対し,共に戦ってくれていなければおかしいからです。
 戦争が終わるまで静観しておいて,後々民生支援にはやってくるなんて,異常なことですよね。

 まさか彼らは,戦争に関与しないこと(他国間の戦争を静観すること)が平和と考えているのでしょうかね。。
 その意味ではもっと悲観的に,深刻に今の戦争を受け止めて欲しいと思います。

 貴重なご意見をありがとうございました。

またまたお目汚しです~♪いつも詳細なレスくださってありがとうございます。
くるくるさんのお陰で、様々お勉強させて頂きました。キャパが狭いメモリなので全てとは収納したとは言えませんが、脳裏のあちこちに、取り組むべき課題や新たな疑問が蓄積されています。感謝します。

>これ,当時のある政党が作った独自の憲法草案の前文です。

凄い・・・言わんとすることはわかりますが・・・・
憲法草案というより、何かの糾弾文・断罪文・いや~判決文ですね^^;

>仮に憲法を改正したいと望むのならば,きちんと今の憲法の何がおかしいかを説明できるだけの知識を身につけておくことが,護憲派を説得する上で不可欠となってくると思います。 それと同時に,いかなる内容の憲法にしたいと望むのか,もちろん憲法を改正すると言っても,改正の内容次第では自主独立なんてものはあり得ないわけです。そういった細かいことも,改憲を主張する以上,ふまえておかなければならないように思います。

はい。勉強します。(・・)/
宿題が増えました。まだ東京裁判まで行きついてないんですが・・・ (´∀`;)

>この点(軍隊の保有)に関しては,まあいろいろな意見があると思いますが,もっと議論されて良いと思いますよ。

核についても軍隊についても、語ること論じることに脊髄反射というか、ヒステリーを起こされますよねえ。
この空気、なんとかならないでしょうか。

>9条の描く社会に現実は追いついていないことに危機感を持って欲しいと思います。

戦争や軍事を語ることを止めたら、世界的な平和がくるとのでしょうか。
北朝鮮からミサイルをお見舞いされた時、今ぞ好機!と思ったのですが、いつのまにか掻き消えていきました。
敗戦・加害国 というトラウマを背負っているからでしょうか。

戦争体験者の著書は「戦争の悲惨」だけが語られています。殆どの方は「平和!」を訴えます。わかりますよ。理解できます。好んで戦争をする人がいたら、その人はきっと病気です。戦争体験は語り継ぐ価値のあるものです。でも、漠然と「平和!」で結ばないで欲しいと思いました。体験者にはお辛い荷を負わせてしまうけれど、平和の希求を現実に基づいて考え発信して欲しいのです。無理なお願いですかねぇ。

>イラク戦争への関与の仕方についても,護憲を主張するある政党は9条の元での民生支援ならば許されると主張していました。

小泉氏の決断は、ある意味正しかったと言う人がいます(我が夫)。
金の支援はしても実動支援をしない日本。国際社会では通用しないと。
夫の言に一部賛成、一部反対です。私は「実動支援は良い、是非やるべきだ。でもその前に憲法改正でしょう」と夫婦喧嘩しますた^^

日本国の憲法草案をしたためた国が、日本も実動支援で戦争に加担せよと言ってきたわけです。アメリカべったりの小泉氏が強行した。宗主国様のためなら憲法も捻じ曲げるんだね~と皮肉を言ったものです。やっぱりどう考えても変です。ご都合でどうにでも解釈できる憲法は憲法とは言えません。

いつも懇切丁寧なレス、本当にありがとうございます。


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鴻さん コメントありがとうございます

 <戦争や軍事を語ることを止めたら、世界的な平和がくるとのでしょうか。>
 そうそう!そうなんですよ。
 そういう人って多いですねえ。ハッキリ言って,「アホか」と思ってます。
 平和って,そこまで単純な話じゃねえだろう,と。

 <北朝鮮からミサイルをお見舞いされた時、今ぞ好機!と思ったのですが、いつのまにか掻き消えていきました。>
 私もそう思っていました(笑)。
 いい加減,日本ってミサイルでも撃ち込まれない限り,真剣に平和を語ってくれないんじゃないかな,って。

 でもそれでもダメですねえ。
 どうも9条信者の人たちはリアリティに欠けている・・・

 <でも、漠然と「平和!」で結ばないで欲しいと思いました。体験者にはお辛い荷を負わせてしまうけれど、平和の希求を現実に基づいて考え発信して欲しいのです。無理なお願いですかねぇ。>
 その通りです。よくぞ仰ってくださいました!
 鴻さんのような思考をなさっているかたが,一番現実的には平和に近いと思うんです,私は。

 鴻さんは常にご自分の思考に対して,そして目の前の出来事に対して,常に「これは本当に正しいのだろうか」と疑問を抱いてらっしゃる。
 そうやって現実を疑っていく,それこそ「平和を希求する」心だと思うんですよね。

 仰るように,戦争体験者が貴重なご経験を後世に残してくださることは良いことです。しかし,だからといって「戦争のない社会にしてくれ~」だけでは,何も生まれません。
 誰しも「死にたくない」「戦争なんて嫌だ」と思いながらも,世界では戦争が起きているという現実。・・・それをもっと考慮に入れて欲しいです。

 <小泉氏の決断は、ある意味正しかったと言う人がいます。>
 旦那さんのお考えも一理あると思います。
 小泉元首相の決断が正しいか正しくないかは別としても,少なくとも憲法の限界を明らかにした,という点では意味があったと思います。

 <夫の言に一部賛成、一部反対です。私は「実動支援は良い、是非やるべきだ。でもその前に憲法改正でしょう」と夫婦喧嘩しますた>
 (なんというご夫婦なのでしょう。このご夫婦が政治家になったら,この国は素晴らしいものに生まれ変わるだろうに(笑)。

 お二人の仰ることって正しいんですよ。
 旦那さんが仰ることも,鴻さんが「その前に改正しろよ」とおっしゃることも正しい。
 もはや憲法が考えていない不測の事態(他国の戦争に関与すること)の話をしているのですから,意見が一致しなくて当然です。

 <日本国の憲法草案をしたためた国が、日本も実動支援で戦争に加担せよと言ってきたわけです。アメリカべったりの小泉氏が強行した。宗主国様のためなら憲法も捻じ曲げるんだね~と皮肉を言ったものです。>
 本当に皮肉ですよね。
 あのとき,首相が「あんたらが作った9条のせいで,あんたらに協力できないんだよ」と言ったら,米国はどんなリアクションを見せるでしょうか(笑)。
 次の年の年次改革要望書に「憲法を改正すること」と書くかも知れませんね(笑)。

 <やっぱりどう考えても変です。ご都合でどうにでも解釈できる憲法は憲法とは言えません。 >
 今の憲法は「解釈改憲」の状態にあると言われています。
 解釈が憲法の予定していた領域を超えて,事実上改憲されたも同然の解釈がまかり通ってしまっている,という意味です。

 この現実に対して,それでも憲法を維持すべき必要があると考える人もいるでしょうし,強引な解釈をせねば国家を運営できないような憲法は改正すべきだという人もいるでしょう。

 私個人としては,後者に近い立場です。
 特に国の最高法規である憲法に,国の武力集団である自衛隊が一切触れられていないという異常事態は由々しきことだと思っています。
 改正の必要が一切ないという人は,ぜひ自衛隊の合憲性を私に説明して欲しいです。
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